大昌寺の石仏(日野市日野本町)
日野宿にある浄土宗の寺院大昌寺は慶長7年(1602)の創建。徳川家康が江戸に来て間もなくできた寺である。日野宿は甲州街道の中でも大きな宿場で、日野用水の開削は永禄10年(1567)と伝えられる。つまり、玉川上水は承応2年(1653)なので86年も前に日野用水は出来ていた。まだ小田原北条氏の支配下で、斎藤道三の家来が美濃から流れてきて、この地で帰農した佐藤隼人によるもの。
大昌寺の参道は日野用水の南側を並行して山門に向かう。参道の東側は日野第一小学校である。この参道の入口脇に石仏がある。
左右の石仏は不詳。真ん中は笠欠の角柱型庚申塔で、もしかしたら左にあるのがその笠なのかもしれない。日月、青面金剛像、邪鬼、三猿が描かれており、「施主 中宿12人」の銘がある。造立年は延享2年(1745)3月と書かれている。
山門をくぐると左手に地蔵が並んでいる。奥の六地蔵はそれなりに時代がありそうだが、文字が見当たらずいつのものかは不明である。また手前にも丸彫の地蔵が1基と、後ろに2基の石仏、手前に角柱型の珍しい六地蔵がある。
角柱型だが上部に仏形が残る。前面に1仏、左右に2仏ずつ、裏側は後ろの石仏が迫っていて確認できなかった。造立年は明和7年(1770)6月とあり、願主21人と書かれている。角柱にこのような形で六地蔵が彫られているものは極めて珍しい。
場所 日野市日野本町2丁目12-13
































































































































最近のコメント