2012年5月12日 (土)

得さんを案内のこと

今回は私のホームと呼べる渓に得さんを案内。当然ながら先行者がいる。それどころかあがってきた先行者と話をする。餌釣り士でキープしていたが、家族に食べさせる目的ならいいことだ。餌釣り士が朝釣ったという区間に入る。

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ツツジが咲き始めていたが、ここは標高が高いのでまだヤマブキも咲いていないから、ちょっと早めに咲く種類なのだろう。渓はまだ春の装い、水温は10度。ぼちぼちドライに出るかなという感じだが、なかなか釣れないまま1kmあまり遡行。

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得さんが本流で釣っているので私は沢にちょっと入って毛鉤を投げてみたらいきなり岩魚が出てきた。得さん俄然テンション高まって、沢をつめることにした。

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すぐに得さんは良型の岩魚を掛ける。それまでの本流の苦労を忘れたような満面の笑みがこぼれる。では次は私の番だとポイントをいくつかやると出た出た。

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ちょっと型は小さい17cmほどの岩魚。 しかしボサがかかっているのでポイントの拾い釣りになる。この時期にしか釣れない沢かもしれない。

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渓相は私好みの細沢。 交代に釣り、順調に釣果を伸ばしていった。 ただ、なぜか私の番では20cm未満が掛かり、得さんの番では良型が掛かる。 まあそれも自然の運なのだろうと受け止めて何尾か釣った。 最後はなぜかアマゴが出たが(笑)。

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倒木が多い中釣り上ったが、何しろ昼からの釣りなので陽が傾いてくるのもすぐだった。 16:30には上がりましょうと言っていたので、ここで釣りはおしまい。

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帰りは20mほど上にある仙道を歩いて戻るので、沢通しよりは楽だが、各所で崩落していてちょっと怖いところもあった。それでも満足な釣りになって、正直ホットした。

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2012年5月 6日 (日)

10万キロのこと

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クルーガーのオドメーターが10万キロに達した。ちょうど10年なので、年1万キロ平均。そろそろ買い替えどきなのだが、まだまだ快調に走ってくれるのでなかなかその気にならない。ただ3,000ccなので燃費は7.5km/L程度しか行かない。 今年出たマツダのCX-5ディーゼルは平均で15km~18kmくらい走るらしい。遠出が多いので、ハイオクで7.5kmと軽油で16.5kmはキロ当たりコストだと、3倍近い差になってしまう。

とはいえ、年間で考えると今のまま乗って年間22万から8万へマイナス14万。 車の価格では回収するのに20年もかかってしまうから、調子がいい間は乗ろうかな。そのうち本当にこれだという車が出るかもしれないから。

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もう少し頑張ってもらおう。

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2012年5月 4日 (金)

ツグミのこと

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ツグミが公園の草地を歩く。 もうすぐ北の国へ帰っていく。 オナガも電線に留まって啼いている。冬鳥はみんな帰っていくのだ。梅雨が来る前に。

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2012年5月 3日 (木)

今年のナガミヒナゲシのこと

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今年もまたこの時期になると逃げ出して咲き広がるのがナガミヒナゲシ。 ちょうどハナニラがその勢力に陰りを見せる頃にこの花が路傍に咲き始めます。 割と目立つので誰でも気づく花でしょう。

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植え込みの隙間からひょこひょこ伸びてくるのがなかなか生命力強そう。ただ、この花も入梅の頃には次第に影をひそめていきます。 人間と違って、自然環境に素直に対応して生命を全うしているように思えるのです。

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2012年5月 2日 (水)

次郎桜のこと

自宅から30分ほど歩いたところに芦花公園がある。 公園の中には徳富蘆花(蘇峰)の旧邸も残る。 南の入り口から入るとお花畑があり、その手前に桜がたくさんある。 そのうちの1本が次郎桜と呼ばれている。

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なかなか見事な桜でたぶんエドヒガンだろうと思う。この桜にはちょっぴり悲しい話の説明板がある。

徳富蘆花が明治40年にこの地へ越してきた折、近所の篠田次郎という聡明な少年がいて、蘆花の勧めで青学に入学した。ところが次郎は貧しくて、学費不足で苦学、真冬の大雪の中でも外套も持たず薄着で牛乳配達をしていたが、学年末試験前に肺炎で亡くなってしまった。重く沈んだ心で葬儀に参列した蘆花に、次郎の父親が持ってきてくれた桜の末裔がこの桜らしい。

苦学生を見かけなくなった昨今、金持ちでないと東大には入れないと言われ、格差が問題になっている。若者がいろんなことにチャレンジできる社会こそが年金問題やその他の問題の解決の基盤になるはずなのだ。 今の政治家はつまらん(大滝秀治風に)。

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次郎桜はとてもきれいな桜だった。

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2012年5月 1日 (火)

ゴールデンウィークの釣りのこと (2)

さて日立で一泊して翌日はいわきに向かう。 実はいわきに宿泊しようとしたのだが、ビジネスホテルはすべて満室だった。原発関係者の影響らしい。まだまだ終わるどころか真っ只中なんだなあと思ったが、街は活気を取り戻し普段の生活に戻っているような様子だった。

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今日は好間川である。 いわき周辺では有名河川。 国道沿いで入渓はいたるところからできるのがいい。 高速下には先客が2組いたので、上流に走ってから入ることにした。

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福島県はこのGWが桜満開(ちょっと過ぎかな)。 有名な滝桜も見たいが釣りが優先。 それでもあちこちにいろいろな桜色が見える。 橋のたもとから入渓。

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私がまだ竿を用意していないのにもう得さんは山女魚を掛けている。 何てことだ。 ところが私が毛鉤を流しても何も出てこない。 悩んで毛鉤を換えてみるがだめだ。

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少し上流でもまた1尾得さんが追加する。 しかし竿を折るという代償がついてしまった。 でもいっこうにへこたれずに私の釣るのを得さんは見ている。 でも私は釣れない。 得さんが車に予備竿を取りに戻った間もまったくだめだった。 堰堤下も音なし。

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どうも今日はだめな日らしい。 少し遡行してからは得さんにも出なくなった。 このあたりは魚影が薄いようだ。 土手の道で地元の人が車を止めては話しかける。 「この辺はだめだっぺよ~。上の赤い橋さ行ってみ。エグレにでっけえのがいるだよ~。」なんて教えてくれる。しかしやっぱり私はボウズだった。

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釣り終えて、ちょっと入遠野へ遠回りして地元の蕎麦を食べた。 うつつ庵という蕎麦屋さんで、地元ナンバーでいっぱいだった。 味は期待通りで、とてもおいしくいただいた。

帰りも快調に得さんのエクストレイルは走る。 リッター15キロでトルクたっぷりにクルーズするクリーンディーゼルがとても快適だ。 おかげ様で渋滞が始まる前に帰宅することができた。

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2012年4月30日 (月)

ゴールデンウィークの釣りのこと (1)

GWの仕事はカレンダー通り。 前半の3連休は得さんと北茨城へ行った。 ところがあちこち渋滞で、やむなく首都高渋谷線~環状線~池袋線~外環~東北道~北関東道~常磐道というややこしいルートになってしまった。それでも渋滞だらけの中、ほとんど渋滞なしで走れた。

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まずは十王川、上流支流をあたるが反応なし。 川床もかなりの砂が出ていて、魚が留まる場所がない。 それでも道路から魚影を見つけて、釣ろうとしたのだが、とてもきれいなカワセミが川の上を行き来してしまい、魚たちはみな隠れてしまった。 カワセミに敬意を表して十王川は撤収。

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低い峠を越えて里川へ出た。 ほとんど雑誌などには出ない川だが、きちんと放流もされている河川。 ただ、里川の里川部分ではまったく反応がなかった。 おかしいなあと、上流へ向かう。

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なかなかいい流れになってきた。 魚の反応も出てきた。 シーズン初釣りなので得さんはバラシ気味だが毎年のご愛嬌。 実はこの流れ、集落と集落の間。 さらに上流に行くとまた集落になり三面護岸になってしまう貴重な区間なのである。

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最初の型は私のほうに来た。 6寸半程度だがきれいな山女魚。 水温が13度と高いせいかこの時期に瀬尻で来た。 なかなか気持ちのいい1尾だった。 ここでいったん脱渓した。

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途中にあったケヤキの巨樹。 『猿喰のケヤキ』樹齢550年、幹周り8.8mと堂々とした森の主のような樹だ。 しばらく見とれてしまった。

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夕方近くになり下流に下って釣ってみた。 反応はない。 得さん不覚のアブラッペを釣る。水量もいいし、岩もたくさんあって、少し生活排水が混じっているが、魚がたくさんいれば釣り人も集まるんだけどなあ。

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川原のからし菜が太陽を背に輝いていた。 今日はこの辺までにしておこう。 宿泊は日立市内に取った。 明日は北へ行ってみよう。

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2012年4月21日 (土)

愛想のいい日川のこと

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土曜日は高速道路が混むからどちらかと言うと日曜日に出掛けるほうがストレスが少ないのだが、明日は雨になりそうだからやはり今日行くことにした。 昼前に出発、予想に反して渋滞がなく山梨の日川には13時過ぎに到着。ほとんど全ての入渓点には車が止まっている。ただこの状況には慣れているので、迷わずいつもの堰堤上から川に入った。

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ここの標高は1,350mあり、甲府盆地よりも1,000mほど高いので気温も低い。桜もまだ開いていない。 それでも気温は12度あった。 川の周りはまだまだ冬の装いで、肝心の水温はなんとか9度ある。 これが7度だとドライにはまず出ない。 微妙な水温だが、何とかなるだろうと、先行者の足跡の付いた川を遡って行く。

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それでも魚の反応があり、ブナ倒木ポイントでアマゴが毛鉤を咥えてくれた。 今年初めてのオサカナです。 型も7寸強でまずまず、大満足。 3月の皆瀬川は完敗だったから、とても嬉しい。

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魚影がちらほら見え始めた。 毛鉤にも反応するが、こちらが反応できずに2尾目、3尾目はバラしてしまった。 しばらく遡行して、ちょっと体の重さに手こずっているのを感じた。 これはいかん、真剣に絞らなければ夏の釣りに響くぞと反省。 しかしシーズン初めはどうしてこう足が覚束ないのだろう。 まずはこの出っ張った腹をなんとかせねば。

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まもなくやっと鉤掛かりしてくれたのは1尾目のアマゴよりちょっと小さい岩魚。 アマゴの瞬間的な出に比べて、ちょっと岩魚らしい出方をしてくれた。 あと1ヶ月も経つと、この川では岩魚もアマゴのような出方になってくる。 なので東北の渓を思い出させてくれたこの岩魚に感謝。 やっぱり岩魚はいい。

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風が冷たくなってきた。 気温は5度くらいまで下がっているようだ。時計を見ると4時半、大木賊沢の道の丸木橋が見えてきた。 今日もここまでか。 最近いつもここで脱渓しているような気がする。 次はここから入って上をやろう。

日川は小菅と同様に私にはとても愛想のいい川。 毎年来て、毎年遊ばせてくれる。今日はそんな川に山に感謝ばかりして釣っていた気がする。年をとったかな?

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2012年4月14日 (土)

事故のこと

雨なので家でのんびりしていたら息子から電話が入った。出先で事故ったらしい。3人の同乗者も相手も無傷なのでほっとした。詳しく話を聞くと、向こうは大手タクシー会社のタクシーで、一時停止の路地から止まらずに出てきて、息子の運転する車に横からぶつかったらしい。

息子いわく助手席側のドアが開かないということでどんなにひどい壊れ方なのだろうと思ったが、自走はできると言うのでとにかくディーラーへ持っていけと指示して私はディーラーに先回りした。

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しばらくディーラーで待っているとウチの車が来た。なんだ大して凹んでないじゃんかと思ったが、ドアは開かないし窓も開かない。これはBピラーもやられているかもしれない。とにかく見積もってもらうことにした。

相手の運転手は動転していて泡を吹きそうだったらしい。タクシーらしくないが、若い男で初めての事故とのこと。どんなバックボーンかは知らないが、タクシー会社は厳しいからつらい思いをするんだろうなと同情。もっとも息子が怪我をしていたらそんなことは思わなかっただろうけど。

ただ昨今のタクシー会社は経営難で保険に入っていないケースも多いので、あちら様がどう出てくるかは様子見。あとになってもしかしたら保険料が上がるかもしれないと思ったが、その分は息子に負担させよう。社会人だから。

願わくは、カミサンの車なので帰ってきて息子がどれだけしかられるか・・・実はそれが一番心配だったりする(笑)。 とにかく無傷でよかった。

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久々の空の旅のこと

昨日金曜日は日帰りで金沢へ出張だった。早朝の小松行の便に乗る。早めに予約したので、5Kという一番前(プレミアムシート除く)の窓側席を格安に確保できた。小松便は日本アルプスが見えるので大好きなルート。

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離陸して15分ほど経つと浅間山が見えてきた。関東の山はすでに冠雪していないがさすがに浅間山(2,568m)は白い帽子を被っていた。手前に小諸盆地、左手の湯の丸(2,101m)あたりにはもうほとんど雪はない。新潟県側は雲に覆われていたが、信州は快晴。

さらに10分ほどで安曇野の上空を過ぎ、北アルプスが眼下に広がってきた。

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写真右下が上高地の梓川の上流、左下の峰が穂高(3,190m)、そこから北へ3,000m級の尾根が続き槍ヶ岳(3,180m)、そこから剥片石器の刃のような鎌尾根で写真中央右の大天井岳(2,922m)につながっている。写真上部中央の雪のない谷には、残念ながら写真で見ることは困難だが、高瀬ダムの湖面が輝いていた。富山県も好天だったので、黒部周辺までしっかりと見ることができた。

あっという間に日本海に出て小松空港に着いてしまったが、この便で天気に恵まれるととても得した気分になれる。

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2012年3月28日 (水)

福寿草のこと

今日は久しぶりに草木のお話。 今日のテーマは福寿草(フクジュソウ)。

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今年は例年に比べて気温が低いせいかまだ3月半ばでもつぼみが目立つ。もっとも東京近郊では4月の花。いろんな黄色があるが、このちょっと未成熟なフクジュソウの淡い黄色が好み。 紫のつぼみもいい。

まだ花の少ない時期なので咲いているのを見つけるとうれしいものだ。

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2012年3月27日 (火)

面影画が漫画になったのこと

kurooさん(黒沢和義さん)が漫画の主人公になった。

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絵描きが絵に描かれるのってなんだか不思議な感じ。 ご本人はどう思っているのだろうか。

会社帰りに西新宿の大型書店に立ち寄り、このコミック『エレガンスイブ』を買うとき、なんだか少年時代にエロ本を買うような感覚が蘇った(笑)。 なぜって本がビニールで包まれていたから。

帰ってカミサンにこれビニ本みたいだといったら爆笑された。今日日漫画は立ち読み防止のためにこういう風にパッケージされているんだそうだ。なあんだ、そうだったのかと失笑した。

これからエレガンスイブのくりた陸さんの描いたkurooさんを拝見しよう。

笑っちゃったらごめんなさい>kurooさん。

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2012年3月26日 (月)

梅と河津桜のこと

日曜日は馬事公苑を散歩した。 土曜日の雨のせいでいつもの日曜日よりも混雑していた。 馬事公苑の南端の方に行くと梅園がある。 白梅紅梅が花のピークを迎えていた。
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白梅に比べて紅梅は周りの色とのコントラストが効いて目立っていた。 多くの人がカメラを構えている(自分もだが)。 高価なカメラの老人がいれば、携帯で撮影している人もいる。 それぞれが花を愉しんでいるのは悪くない。

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一方の白梅は淡いピンク色が魅力。 桜が束になって咲くのに対して、梅は連なって咲く感じが梅らしい。

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ソメイヨシノはまだまだだが、河津桜はもう五分咲き。 河津桜が今の時期にこれくらいというのは1週間は遅い気がする。 この分だとソメイヨシノは4月第2週くらいからかもしれないな。 もうすぐ暖かくなるぞ。

虫が飛んで毛鉤の季節がやってくる。

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2012年3月20日 (火)

写真アップロードテストのこと

テストしたけどAndroid端末からは駄目のようです。残念。

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タブレットのこと

今日は写真なしです。初めてタブレットからアップします。僕のタブレットはりんご社のではなく国産東芝社の古いAT300というタイプです。つまりAndroidです。システムは3.2にバージョンアップして十分快適に動いてます。

まだまだタッチキーボードに若干の苦戦を強いられていますが、使いこなして行きたいと思います。レグザリンクも出来ないけどまあ自分には十分かな。

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2012年3月11日 (日)

3.11は王禅寺で黙祷のこと

あれから1年が経った。 いろんな場所でそれぞれが震災を体験した。 人間の本性もいろんなところで見えてきた。

犬一匹、猫一匹を救うことにも賛否両論がある。 何とかして救おうとする人がいれば、そんなことに血税を使うなという人もいる。 瓦礫を受け入れることを、感覚的な不安を理由に拒絶する人々。 本当は正しい情報と信頼性が必要なのにそれを確認しようともしないでヒステリックに反対する。 彼らだけが悪いのではなく、信頼を完全に失ってしまった政府や自治体に説明する能力も資格もなくなったからだ。今は「公」的なだけで嘘をついているとさえ思えてしまう哀しさがある。

心はお金では買えないんだよと子供に教えながら、安心をお金で買おうとする。 どこまで行っても人間って愚かだなあと思う。 安全は買えても安心は買えないのです。

伝えなければならないことは山ほどあるのに、国民には何の価値もない騙されたオセロの中島のことばかり伝える民放。 政官メディアの責任は誰も取っていないし、ほとんど何も変わっていない。 それに僕たちは気づかなければいけない。

でもひとりの人間として一番大事なことは、手の届くところにいる人々を大切にして、明日を見ながら今日を生きること。 3.11以降はそれに騙されないようにする知識を足して、生きることにしたい。

王禅寺で釣りをしながら2:46に黙祷。 王禅寺は東電の施設なのがちょっと騙されている感を伴うが、そういうしがらみは棚に上げて、釣りはいい。

栃木県の内水面で県が解禁を許可しないらしく、その署名をしてほしいと有志がひとりひとりに説明していた。 彼はそう言わなかったが、話の内容から、県が責任を負いたくないので解禁しないだけだとわかった。 偽の安全を売って、川を取り巻いて暮らす人々のこころを踏みにじっている。 もちろん署名した。

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釣り池のほとりに野良猫が来ていた。 野良猫だって生きているのだ。

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2012年3月 3日 (土)

解禁はボウズのこと

都のゴミ収集車がなかなか来ない。家族は全員お出かけ、今月はウチが当番、ということでゴミ回収後の掃除をやってからでないと出かけられない。それにしても遅い。いつもは9時台なのに、11時になっても来ない。結局12時近くにやっと来た。そそくさと道路の掃除をして、出発する。だって解禁最初の週だからね。

時間が遅いので高速は空いている。大井松田で降りて、サンクスで券を買い、皆瀬川の人遠橋に着いたのは13時半。釣り人は流域に誰もいない。

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この川は十数年ぶり。今日は水量が10cmくらい高い。雪が降ったからなあ。水温を計ると5.5度。出ないかもしれないなあと不安になる。

しばらく釣り遡るが無反応。前も解禁当初しか釣れない川だったが、今日はまったく魚影がない。二段堰堤まで来たがまったく駄目。高さ20m弱の2段堰堤は右岸を大きく巻く。ところが雪の水分が残っていて、高巻きルートが滑る滑る。春が早いので草も生えていないから、潅木の根っこが頼り。途中何度か、落ちるかもしれないと思ったが、何とか高巻きで堰堤上に到着。汗をかいた。

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上の段の堰堤は石組みの古いもの。その上から見下ろす。また川原には少し雪が残っている。なんかぜんぜん釣れる気がしない。ポイントに入っているのは蛙ばかり、延べ7,8匹はいた。蛙が闊歩しているということは、ヤマメはいないか。

結局、八丁橋まで釣ったが無音。この区間から魚が消えたのだと確信。途中から怪しい深みに下流から石を投げ込んだけれど、まったく魚影が見えないし、当然走りもしない。でも昔は釣れたんだけどなあ。

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そんなわけで1時間半で脱渓。あきらめてしまいました。あ~盛期の山形で早く釣りがしたいよ~。

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2012年2月29日 (水)

朝から雪模様のこと

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未明から降ってきた雪が東京を白く包んでいます。まいど交通が麻痺するのは情けないですが、春になる直前に雪が積もるのは例年通り。東京の雪は湿り気があって重いので、10cmも積もると屋根から勝手に落ちてきます。

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もうすぐ昼ですが、まだまだ雪は弱まりません。仙台に住んでいたときに一晩で30cmの積雪は経験しましたが、東京で10cmも積もるのは珍しいことです。今日は代休をとって王禅寺にでも行こうと思っていたのですがこの雪であきらめました。

電車はかなり乱れているようです。お休みにしてラッキーだったのかも。

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2012年2月28日 (火)

東京マラソン祭りのこと

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日曜日に会社がらみのボランティア?で東京マラソンのサポートに行ってきた。参加ランナー総数35,500人というのは実際に見てみるととてつもないものだった。平均的な球場のスタンド分の人数が一斉に走る。

ちなみに人間一人当たりの馬力は0.25馬力程度だから、ランナー合計で9,000馬力にもなる。発電に使えればたいしたものだが。足こぎでもタンカーくらいなら動きそうだ。

この中で特定のランナーに給水を行うのが極めて難しいことを体感した。沿道にも多くの人がいて、お互いに認識できないのだ。一方でオフィシャルにはきちんとした給水もほとんどないので、自分で身につけて走っている人も多かったようだ。

まあある種のお祭りなので様々に楽しめばいいというところだろうか。

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2012年2月18日 (土)

別冊つり人「渓流・春」のこと

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毎年ながらなぜか買ってしまう別冊。近年釣りの本はほとんど買わなくなったのだが、これだけはどうしても買わずにはいられないのは何故だろうか。

こうして渓語りの翁・瀬畑さんが元気な顔を見せてくれるとそうなってしまうんだろうなあ。なんたって戦前の1940年生まれの当年72歳、少し年下の高桑信一さん(63)や深瀬信夫さん(65)も終戦後の生まれだというのに、私よりも数倍元気そうだ。

おいらもまだ54歳、これからまだまだ渓に通うぞ~。

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2012年2月14日 (火)

南アを眺めてのこと

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写真は勝沼のフルーツラインから撮影した甲府盆地。山の見える風景は和む。遠くに見えるのは南アルプスの連山。気持ちがいい。

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最高峰にズームイン。右側の奥のピークは北岳。3193mの日本で二番目の標高を誇る。そこから左へ鞍部が続き、写真中央の雲の右端下から雲の左端下の間ノ岳までが日本でもっとも長い3000mを超える鞍部。

とても登山する気にはならないが、遠くから見ているだけで憧れを感じる。しかしコントラストを強調したので、ケラレがでてしまったが、まっいいか。

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2012年2月13日 (月)

時代の流れのこと

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写真は法務省の庁舎。皇居散歩の折にはじめて知った。重要文化財で築年は1895年だからすでに120年近く経っている。まことに立派な建築である。ただ今の時代となってはどんなにすばらしい文化財でも、素直に喜べない。というのも1000兆円の借金、公務員の優遇、天下りの放置などがまったく片付く気配がないからだ。

表向き資産額だけでも800兆、隠しを含めると国家の借金以上のものがあることは明らか。子孫へはツケを強いるのに、片方ではこれらの資産を持ち続けている。典型的な汚い金持ちの究極の姿がそこには見える。いかなる文化財も、国民の財産ではあっても、公務員や一部既得権者の持ち物では決してない。

いったん全ての資産を売却し、借金をなくし、そこから消費税を上げて福祉へまわしてほしいというのが多数国民の意見だが、何もしないのが彼らのやり方。1000兆の借金を一括返済するだけで、毎年数十億の国債をリスクつきで(間接的に)国民に買わせることはしなくてもよくなる。

それで消費税を年金や福祉に回せば、何とか回るじゃないか。一方で公務員の給与には天井を設定し、民間平均から割り出した金額以上を取る場合は公務員ではなく民間経営者と同じ扱いにすればいい。ノーリスクハイリターンではなく、世間と同じハイリスクハイリターンかもしくは、ローリスクローリターンを自分で選べるようにすべきだろう。みんなリスクを背負っているのだ。それで国家予算は収支バランスが取れる。塩漬け資産が回ることで、経済にもいい影響がでる。

知人には公務員も多数いるので、現実的には棘が立つが、民として素直な感想である。

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2012年2月12日 (日)

山里の記憶のこと -kurooさん個展-

金曜日からkurooさん(黒沢和義さん)が再び個展を開いているので日曜日に見に行ってきた。場所「ムクゲ自然公園」は秩父盆地の皆野町、関越花園インターを降りて秩父長瀞方面に向かい皆野寄居有料道路を抜け140号線と合うあたり。

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今月は山里の記憶の原画展と同時に、TBSやNHKでも報道された陸前髙田での面影画の画集出版ととても忙しそうだが、1時間以上も話をすることができた。ちょうど関根さんも来ていて、泥又の話などを聞きさすがに猛者だと感心した。ちなみに関根さんは秩父で報道ヘリが墜落した現場写真を撮った方だが、ご本人は後に各方面からいろいろ言われて閉口したらしいので、こうして呼び覚ますのはちょっと気が引ける。

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髭の関根さんの横にいらっしゃる和服の女性は奥様。和服といえば、お昼にkurooさんと公園の入り口でうらべにさんが秩父銘仙の展示をしているというので見に行った。着物っていいなあと思うものの、着付けができないので敬遠しがちだが、和服には日本のこころが感じられて大切な文化だと痛感した。 うらべにさんのブログはこちら

しばしうらべにさんと話をした後、美術館に戻る。kurooさんにとって「残す絵」は天職だと思う。多くの人は自分を残そうとするが、kurooさんは他人を残そうとする。物語は人の数だけある。その物語を残す仕事をしているのは、ある意味「現代の語り部」なんだろうと私は思う。

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2012年1月30日 (月)

雪中管釣りのこと

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日曜日に得さんと小菅のマスの庭に行ってきた。 気温は氷点下にはならないもののせいぜい2度。 それでも池のマスはいやというほど楽しませてくれた。

今年は例年よりも寒い。地球温暖化という言葉をこの冬は一度も見聞きしていない。雪は毎年降り積もり、春になると溶けていく。草木も虫も動物たちも、それをしっかりと知って生きているが、人間だけはそうではないようだ。

有識者というくくりがあるが、どうも彼らはせいぜい数十年くらいのことしか気に掛けていないように思う。人類が数十万年、地球が数十億年の歴史を持つのに比べて、彼らの知識のなんと薄っぺらいことか。

地球のこれまでの歴史を24時間としよう。人類の歴史はそのうちの10分に満たない。 そして彼らの知識はというと僅か20分の1秒だ。100年は知っていたとしても0.1秒に過ぎない。そういう時間のスケールを考えると、震災後の政治、役所、経済を含めた話の傲慢さと稚拙さが手に取るようだ。

人間はもっと謙虚であるべきだ。山と雪を見ていたら、そんな風に見えてきた。

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2012年1月 1日 (日)

年賀のこと

あけましておめでとうございます。

いきなり正月から地震が起こったのは、大地が忘れるでないと警鐘を鳴らしているように感じたのは私だけではないでしょう。政治も行政も東電もマスコミも、とてつもなく深い罪を犯していながらそ知らぬ顔で、時に紛れようとしているのを、国民としては執念深く監視し続けるべきだと思います。

そして、変化への年にしたいものです。この辰年こそは。

今年もよろしくお願いいたします。

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2011年12月31日 (土)

赤坂の坂道を散歩のこと

年の瀬押し迫った昨日、赤坂の坂道を散歩した。東京は台地と谷が織り成す土地の記憶をあちこちに持っている。1600年に家康が江戸に遷都したころ、江戸城は東京湾岸だった。日比谷公園あたりは入り江だったのである。城西にあたる赤坂周辺は大名屋敷と寺社の並ぶ山の手になる。

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TBSの裏手には有名な三分坂がある。「サンブ」ではなく「サンプン」と読む。かなりの急坂だ。江戸時代にこの坂を上るのに三分(今の価値で100円程度)の割増運賃を取ったのに由来するらしい。サンブだと数千円になるので、サンプンが正しい。雪の降る日にはここで車が滑って事故ることが多いらしい。今も割増になることがあるということか。

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坂下の報土寺へ立ち寄り、雷電為右衛門の墓にお参りする。昔の国鉄の列車名板にらいでんとあるのが面白い。報土寺の練り壁は見事である。

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TBSの広大な敷地はかつての安芸藩の浅野氏の屋敷跡。三分坂の西側には今はミッドタウンになっている旧防衛庁敷地があるがそこは長門藩毛利氏、六本木ヒルズの敷地は下関長府藩の毛利氏の屋敷だった。大名屋敷というのはドーム何個分という広さを持っていてすごいものだったといえる。

上の写真は安芸藩浅野氏の屋敷裏に十数件の寺が並んだ円通寺坂。今は道沿いにはこの円通寺しかない。一ツ木通りに下りると浄土寺が残っている。

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赤坂見附交差点で246を渡り、豊川稲荷へ向かい、九郎九坂、弾正坂をやっつけて、山脇学園のある道の牛鳴坂を上る。このわき道がかつての厚木街道である。その途中から、赤坂方面へ降りる道があり、最後は階段になる。これが丹後坂である。坂道が階段になっていると嬉しくなる。車が通れない=生活に密着した道ということになるからだ。

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一ツ木通りに再び降り立つ。赤坂はかつて料亭と芸者で賑わった街。一ツ木通り、みすじ通り、田町通りの間をいくつもの路地が抜けていて、その中に料亭や置屋があった。その名残はほとんどなくなってしまったが、25年ほど前には結構まだ残っていて、置屋の女将と朝8時に音を立てたといって喧嘩になってしまったことがあった。「世間様じゃ朝でもアタシらにはまだ夜中なんだよ、ウチの旦那は今ムショにいるけど出てきたらあんた承知しないからね」なんて脅されたことも懐かしい。

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外堀通りを渡り山王日枝神社へ参拝する。大鳥居をくぐり、右にある参詣用のエスカレーターをよそ目に階段で登る。後ろのビルは建て替えしたキャピトル東急ホテル、ビートルズが泊まったホテルがこんな風に変わってしまった。

本殿前で葉加瀬太郎、髙田万由子夫妻が下の子供を連れてお参りをしていた。奥さん相変わらずきれいだ。境内では初詣の準備でテキヤが忙しそうに行き来している。

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参道の半ばから首相官邸が見える。かつては敬意で眺めたこの官邸だが、今はダメ男くんしか総理にならないので、百円ショップの製品並みの価値にしか思えなくなった。嘘をつかずにちゃんと約束を守れよと、まるでどうしようもない奴に言うように念じている自分に気づいて、日本人として情けなくなってしまった。

でも日本人はきっと腐敗した世の中を立ち直らせることができると信じたい。いつもいつもバクのような政治家たちに(国民のささやかな)夢を喰われてばかりでなるものか。今年は誰にとっても考え直す年だったと思う。来年は行動に移す年になるように、頑張ろうと思う。

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2011年12月30日 (金)

釣り納めのこと

28日から年末休暇を取れたので得さんと大井松田の開成フォレストスプリングスにトラウト釣りに行った。

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大井松田ICからすぐのところにあると聞いていたのだが、旧市街を回らなければならずちょっと迷ったが何とか到着。気温は5度とまずまずで、あちこちでライズしている。

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釣り始めて気づいたのは、この池のトラウトはとてもスレているということ。水がきれいな分、王禅寺よりも見切りがすごい。ドライで勝負したが、20回見に来て1回咥えるかどうかというくらい用心深い。何とか2尾ほどドライで釣ったが、出たのは20番と22番のCDCミッジ。ラインを7Xにすると反応するのだが、5Xにすると無反応。まったく参ったクンだ。

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午後になって気温が上がることを期待したがほとんど暖かくならず、それでも30番くらいのユスリカのハッチに反応してライズしているので、頑張ったが駄目だった。最後はルアーに変えてみたが、得さんは岩魚を何尾か掛けていたものの私は音なし。うーん。

というわけでなかなか厳しい釣り納めになってしまったが、広い池でのんびり釣りができたのでとても気持ちがよかった。来年も頑張って山岳渓流で釣りますぜぃ。

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2011年12月26日 (月)

北の丸公園散歩のこと

日曜日は都心散歩。今回は北の丸公園。といってもピンとこないが、武道館といえば誰もがわかる場所。スタートは東西線の竹橋駅。美術館、公文書館前を通り抜けると北の丸公園に入る。首都高の出入り口がいくつもある。

都会の真ん中だが、いったん公園内に入ると車の騒音は遥かかなたに聞こえるくらいになる。不思議なものだ。

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公園の池の上流には素敵な流れが作られている。黄色く敷き詰められた落葉はコナラの葉。流れのところどころに黄葉が溜まっているのもいい。

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モミジの林ではきれいに紅葉の絨毯が広がっていて、寝転がりたい気分になる。

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流れをたどって上って行くと小さな滝がある。当然ながら人工の滝である。それでも林が豊な植生なので雰囲気はとてもいい。

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滝の周辺は気温が低いせいか今頃になって紅葉が紅く色づいている。本当は定点で毎日眺めて、その変化に季節の移ろいを感じるのが風情があるのだが、都会の生活ではなかなか思うようにならない。

九段下へ出ようと武道館に近寄ると数千人はいようかという若者の群れ。UVERworldのライブに並んでいるのだが大半が十代の娘たち。その若者たちを見下ろすように、銀杏の古木がそびえている。

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北の丸ではもっとも大きな銀杏の樹は年の瀬に向けて若者の熱気を吸い、さらに寿命を延ばすように見えた。

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2011年12月25日 (日)

善福寺の銀杏のこと

六本木ヒルズから回遊できることからここ数年賑わいを見せる麻布十番。 その奥まった一角に善福寺がある。同名の寺社は全国にあるが、この麻布山善福寺は知名度が高い。参道を進むと右手に清水が湧いている。

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柳の井戸とある。弘法大師の杖が水を呼び出したとあるが、全国にあるパターン。しかしおいしそうな水が水量は少ないものの絶えず湧出している。関東大震災や戦時中には周辺住民の飲み水となった。

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山門の背後に末端肥大症のマンション(元麻布ヒルズのタワー)が見えていて時代がミックスした感じがするが、門の左側に枝を広げているのがお目当ての銀杏。

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推定樹齢は700年(鎌倉末期)、樹高は低いものの幹周りは10mを超える堂々とした大銀杏である。東京都では最大の銀杏の木。空襲でいったんは焼けたと思われたが樹勢を復活し今に至るという。

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銀杏の古木によく見られる乳根(チチネ)がすごい。逆さ銀杏といわれる所以だが、このイチョウが弘法大師の杖が伸びたといわれるのも何となくイメージできる。

実は善福寺にはかつての部下が眠っている。彼は40代半ばにして白血病でこの世を去ってしまった薩摩隼人。男気の強い面倒見のいいすばらしい男だった。天は気まぐれなものだ。またお参りに行こう。

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2011年12月23日 (金)

渋谷川沿いのヘンなものたちのこと

イモリ川を下り、渋谷川に出た後は天現寺方面に向かった。私は長州人なのだが、父親は若い時代を天現寺で過ごし、子供たちは都立広尾病院で生まれた。なのでこの辺りは自分に深いかかわりのあるエリアだが、最近は滅多に訪れなくなった。今回も久しぶりで、明治通り沿いの変貌にはいささか驚いた。

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広尾病院は広く樹木も多いので、この辺りの渋谷川には落ち葉が流れている。三面護岸なのが残念だが都会の小河川なので致し方ない。

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天現寺橋では上の写真手前から流れてくる渋谷川本流に左から注ぐ土管がある。これが笄(コウガイ)川。源流は外苑前、根津美術館、青山霊園あたりになる。この支流は後日散策したい川跡だ。

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天現寺橋から広尾を望むとちょっと汚れているが天現寺橋の欄干がある。後ろ側が慶応の幼稚舎。渋谷川の名前はこれより下流で古川と名を変える。

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東京都は水を売っているだけあって水関係にはかなりの予算を使っている。清流を復活させようという事業があちこちに見られるのだが、この渋谷川もそのひとつ。水は結構きれいだ。三面護岸でなくビオトープを作ってくれたら言うことはないのだが、そこまでは予算が付かないのだろう。

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首都高速目黒線の天現寺出口の脇を流れる古川。その護岸上に看板がある。この看板のあるところは誰も立ち入ることができない場所なのだが、いったい何の看板なのだろうと気になった。

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川をきれいにしましょう・・・とある。しかしこの看板、肉眼では読めなかった。望遠でようやく読み取ることができたくらいだ。あたりを調べてみたが、なぜここにこの看板があるのかがどうしてもわからなかった。唯一、護岸の縁を金網につかまってへつって行くと見えるのだが、そんな奴はおるまい。

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次に出くわしたヘンなものはこの表示板。「ここには住めません」とある。こんなところに住む奴などいない。ホームレスでももう少し回りに植え込みでもあって、邪魔にならないところを選ぶだろう。

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四ノ橋の脇で路上に見慣れないものを見つけた。ヘラジカの剥製の首か。延べ3体が空を仰いでいる。手前のやつが一番鼻息が荒そうだった。渋谷川(古川)沿いは面白いものが多い。

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古川橋の手前、高速道路下に軒を連ねるのはほとんどがパーツ屋さん。あちこちにこの風景はあるが、もともと恵比寿周辺は家内製工業が盛んだった。大崎、五反田の大工場の下請け会社が五万とあり、近代の東京の工業文化を支えていたのだ。すぐ後ろはハイセンスな白金だが、なんとなく大正昭和の香りのする景色にほっとした。

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2011年12月22日 (木)

イモリ川散策のこと

表参道の賑わいを見ながら、青山学院大学の東側の路地を下ると首都高3号渋谷線を仰ぐ五叉路に出る。ちょうど青山学院大の南端に近いところ。かつてイモリ川はこの辺りから流れていた。水源は大学の構内だが、現認していない。

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六本木通りを渡り、右手に常陸宮邸のこんもりした緑を眺めながら坂を下り、駒沢通りに続く大通りを渡るとまもなく東京女学館。著名人を多数輩出しているが、興味深いのはここの高校を中退した芸能人が多いこと。浅田美代子、山口いづみ、あびる優などだが、どうも学校が芸能活動を認めていないので転向してしまったらしい。

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その東京女学館の南端がイモリ川のスタートになる。過去を刻むようにいもり川階段という銘板が付いている。この辺りの住所は広尾3丁目。都会のど真ん中だがとても静かな住宅地。(地図①)

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いきなりケヤキの巨木があったりして往年の雰囲気が残っているようだ。路地は最初狭いが徐々に広くなり車も通れる広さになってくる。この下のイモリ川は大きな下水管に変えられてしまったのである。くだりを感じられるところも多く、さぞかし急な流れの小川だったのだろう。

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イモリ川の道には階段が多い。かなりのV字谷だったことがわかる。前述の空川も同様だが、ローム層を深く刻んで流れるのが東京台地の川の特徴なのである。

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広尾2丁目に入ると傾斜は弱まる。それでも左岸側は切り立った崖のまま。斜面には樹木が植えられていたりして、散歩していても往年のイモリ川を彷彿とさせる場所がいくつかある。(地図②)

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臨川小学校脇に到達。振り返ると細い家屋をはさんで台地を登る右の道路に対して、左の路地はイモリ川の跡で上っていない。こういう図はなかなか見られないので面白い。

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明治通りを渡ると公園になっていて、その先数m落ち込んだところに渋谷川がある。昔はこの出合いが滝になっていて、音を立てて水が落ちていたらしい。どんどん橋という橋が架かっていたと伝えられている。

数年前に他界した私の父が戦前にこの辺りに住んでいたことがある。天現寺から路面電車に乗って渋谷へ繰り出していたという話をよく聞いたものだ。彼が若いころはきっとこの滝の存在を知っていたはず。今となっては聞けないのが残念だ。

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2011年12月18日 (日)

空川探索のこと (2)

東大駒場を出て井の頭線をくぐり空川の合流点へ向かう。おおよその水線の痕跡は想像できるが、明確な跡は残っていない。井の頭線の南側で駒場野池から流れてきた支流と合流する場所があり、そこは道路の付き方から推定が可能だった。

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写真の路地奥にその形跡がある。一二郎池からの支流と駒場野池からの支流が路地の突き当たりで合流していたのだ。ここから淡島通りの松見坂下まではほんの数分の距離。

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坂の上が淡島通りと山手通りの交差点で、坂の右側が元は川の流れ、ただし今は通りを潜るトンネルになっている。ブラタモリで「鷹狩り」をやっていたが、徳川将軍が鷹狩りに来てこの辺りで橋を渡り、右に行くと駒場野の鷹狩り場、左へ行くと別の鷹狩り場だったらしい。

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トンネルを潜り交差点下を見ると松見坂地蔵尊がある。この地蔵は300年ほど昔、江戸中期に建立された。その脇にはかつての橋の親柱が残っていた。

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後方右側の欄干の親柱跡には「とおとふみはし」と彫られている。ここは江戸以前は滝坂道と呼ばれ府中方面への道があった。実は私の自宅近くをこの街道は走っていたので、聞き覚えがあり親近感を覚えた。

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この空川沿いにはこんなすごい階段があったりする。こういう階段もまた土地の記憶のひとつなのだ。空川はまもなく山手通に吸収されてしまうので、今回はここまで。松見坂交差点には写真の御影石のきれいな石碑が作られている。

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松見坂の由来はこの上(渋谷道玄坂上)に松の木があり、盗賊(追い剥ぎ)がその松に登り歩いてくる旅人を確認、手下に旅人を襲わせて身包み剥ぎ取った場所だったことからそう呼ばれるようになったと伝えられるが、今でも路地裏ではカツアゲというプチ盗賊が現れることがある。昔から渋谷は物騒な場所だったのかもしれない。

<おわり>

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2011年12月17日 (土)

空川探索のこと (1)

かつて東京には数多の川が流れていた。目黒川や渋谷川は台地を削り谷を作った。渋谷はまさにその名残りだが、渋谷周辺には多くの川の痕跡がある。空川もそのひとつで、目黒川の支流にあたる。現認可能な水源は2箇所ある。ひとつは井の頭線駒場東大前の南西にある駒場野公園、もうひとつが東大駒場校舎の敷地内にある一二郎池だ。

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地図上の①が駒場野公園で源流は試験田圃の奥にある池。旧駒場農学校の実習田だったが、今は筑波大付属駒場中高校の教育水田として生徒が実習に使っている。説明板にはケルネル田圃とあった。明治の初期に科学的な農業アプローチをするのに、北海道大学はアメリカ人のクラーク博士で有名だが、ここ駒場農学校はドイツ人のケルネルが教えた実験田だとある。

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源流の池は上の写真のように決して広くないが今でも水を湛えているということは水源がまだ生きていると思っていいのだろう。

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公園への道がこの水流をまたぐのが蛍橋。実は夏になると蛍が見られるらしい。戦後まで自然発生していたが、今では保護の会の尽力によって復活しつつあるらしい。そして蛍橋の下流には実験田が広がっているが、渋谷から徒歩圏内に田圃があるなんて想像できないだろう。

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ちょうど生徒らしき人影が田圃の昆虫を採取しているようだった(もしかしたらもぐりこんだ子供かもしれないが)。

田圃から井の頭線の踏切を渡って東大駒場校舎へ向かう。妙に人が多いのは何故だろうと思ったら、駒場祭の日だった。

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すれ違う学生たちは垢抜けなさを感じさせるものの知的でいかにも頭がよさそうな会話をしていた。しかし目的は学園祭ではないので、キャンパスの東の端に向かって歩く。だんだん人もいなくなってきて、駒場池(一二郎池)に着いた。上記地図では②の場所である。

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一二郎池はかなりの水量を湛えていた。10万年余り前は東京は完全に海面下にあったが、川からの土砂が溜まり台地になっていった。当然ながら富士や浅間の噴火による溶岩や火山灰の堆積があったものと思われる。それが関東ローム層の成り立ちだが、川の流れはその台地を削っていった。この池はその痕跡なのだが、東大生の何割がそれを知っているだろうか。

<続く>

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2011年11月26日 (土)

新宿十二社のこと

20日の日曜日の散歩は新宿界隈だった。毎日働きに行っている街だが休日はまた違った顔があって楽しめるから面白い。今回は参宮橋駅で降りて北参道を北上し新宿十二社(じゅうにそう)を散歩。それはどこだ?というと初台と新宿の間、西口の中央公園の西側にあたる地域で、以前は角筈(つのはず)と呼ばれた。公園から東の高層ビルエリアの旧名は淀橋で、ヨドバシカメラの由来でもある。

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西参道が甲州街道を渡ると十二社通りと名を変える。ここまでは渋谷区である。この北側に環七から直線で水道道路が通っていてその北側が窪地になっている。今の街区で言うと西新宿4丁目にあたる地域だ。ここにはかつて大池があった。周囲には料亭や芸者街が立ち並ぶ十二社花街として賑わっていた。実際に歩いてみると土地の記憶を読み取ることができる。

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中層マンションの裏手にいかにも料亭っぽい家屋があった。灯篭や信楽焼の狸の置物が玄関にあって風情をかもし出していたので撮影したが、あとで調べたらかつて一松という料亭であったことがわかった。

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そこから少し北上するとこのあたりで一番有名な福助という蕎麦屋がある。この蕎麦屋の脇、マンションとの隙間に銀杏の巨木が残っている。かつてはこの蕎麦屋の裏側までが大池で、小船を浮かべた江戸っ子達が芸者と釣りを楽しんだりしていたという。

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古い旅館が残っていた。一直旅館といって観光旅館だけでなくビジネスユースでも使われているらしい。池の西側にあったためか坂の途中に位置している。この辺りの路地ではいまでも三世代同居があるようで、おばあさんが孫を遊ばせていたりして、往年の雰囲気を残していたのが嬉しかった。

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写真はかつての角筈村の風景で、熊野神社の境内にあったもの。これが江戸時代の新宿の風景。室町時代に鈴木九郎という有力者が紀州和歌山から熊野権現を移し祭ったといわれていて江戸時代は新宿地域の総鎮守だったようだ。

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神社にはいくつも祠があり、狛犬と狐様が並んでいたり鯉塚と弁天があったりする。何となく神様のデパートみたいだと思ったのはバチ当たりだろうか。鳥居の前からは神社の後方に高層ビルが並んでいたりして、時代が折り重なっているような錯覚に捕らわれる。なかなか楽しい神社だった。

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牛の寝の大マテイ山散策のこと (2)

初々しくもほほえましいカップルを山頂に残して下ると、峠には初老の男女グループがいて賑やかにランチを取っていた。昨今の山では昭和20年代生まれの段階の世代がとても多く大半を占めるといっても過言ではない。日本は幸せな国なのだろう。

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イロハモミジがきれいに紅葉している。もっとも1400m近い稜線はもうほとんどが落葉してしまっていて、ベストシーズンは10月下旬だと改めて認識した。このあたりからはずっと下りの登山道で、標高600mほどの山沢川まで降りることになる。ザックからストックを出して下り坂に備えた。

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下るにつれて紅葉が鮮やかになる。やはり11月は里の紅葉の時期なのだと悟る。お山は10月だな。モロクボ平付近は樹種がとても多い。一番きれいに紅葉しているのはハウチワカエデ。標高1,000mあたりまで降りてくると、かつて瀬音の森で取り付けた樹木説明版がまだきれいな状態で残っているのを確認できた。

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ちょっと紐がきつくなって張っているので、2,3年うちには切れてしまうかもしれない。板そのものはとてもきれいな状態のものがほとんどだった。誰かが拭いてくれたのかな?

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さらに急坂を下っていくと広葉樹の森が杉林に変わる。 ところがこの杉林がいたるところで崩壊している。 何箇所か登山道をふさいでいるのである。おそらく今年の1,000ミリを超える雨の被害だろう。跨げない場所はすでに別の迂回路ができていた。やはり山の手入れはしないと本当にやばいと思える一面だった。

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小菅の小屋に到着、ここの標高は820mほど。最近ここで遊んでいないので、また近いうちに来たいものだ。しばらくドアを開けて小屋の中を乾燥させた。ここまでくるとゴールの小菅の湯はもう間近。 バスで楽をして登り、大半が下りの安楽なハイキングだった。

<2011年11月13日(日)登山>

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牛の寝の大マテイ山散策のこと (1)

得さんから山へ行こうと誘われた。 11月の最初のことである。 しかしまだ東京は20度ほどの気温なので、紅葉のきれいな山がいいだろうと大マテイ山に決めた。大マテイ山は小菅村と大月市の境を走る牛の寝通りという尾根筋の山で、標高は1,409m。今年最初の山行なので無理はしたくない。小菅の湯に車を停めて、バスで松姫峠まで登るのである。小菅の湯の標高は650mほど、松姫峠まで600mほどの標高をバスが稼いでくれる。

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松姫峠に降り立つと10台ほど停められる普通車の駐車スペースは当然満杯。見た感じあまり遠くまで歩こうという人はいない。 この紅葉の時期は山頂へ登ると数百人の登山客がいるなんてこともあって、そういう山はちょっと勘弁。

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松姫峠からは富士が見える。手前の稜線は五百円札の裏の絵で有名な雁ヶ腹摺山から続く標高1,400mの楢の木尾根。いつ見ても富士はいい。

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コナラとクリが多い植生の尾根道を歩く。 尾根道は風が通って気持ちがいい。鶴寝山(1,368m)はトラバースしてパス。山沢への道を分ける「山沢入りのヌタ」へはおよそ50分、そこから20分ほどで大マテイ山に届く。

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私は巨樹の道が好きなのだが、ここは前回歩いたので、南側の日向みち(たぶんヒナタと読む)を歩く。とはいえ二つの道は100mから200mしか離れずに並行している。まもなく大マテイ山に到着。

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山頂がどこなのかわかりにくい平坦な峰だが、標識とベンチ2基がしっかりと備えてある。小菅村と山梨県が管理しているのだが、表示板もとてもきれいで要所要所にあるので道に迷うことはないだろう。 山頂にはカップルがいて、まだ付き合い始めたかその手前か、微妙な距離感で話していた。得さんがここは邪魔をしないようにと配慮してすぐに山頂を離れた。私は初々しいカップルについ笑みをこぼしてしまった。

(続く)

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2011年11月25日 (金)

都内も黄葉はじまるのこと

都内にも秋がやってきた。最近の秋は以前よりも短くなった気がする。10月までは汗ばむような陽気だったのが11月になると急に冬めいてくる。気候が変わったのか、体感が変わったのかはわからないが、のんびり秋を楽しめなくなった。

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23日の祝日に都心を散歩した。 平日はビジネスマンやOLで賑わう日比谷公園だが、休日も多くの人が訪れて賑わっている。私と同じように観光地へ出かけるのをやめて都心を選択した人も多いのだろう。日比谷公園は1903年の開園だからもう110年も前になる。この公園の真ん中あたり「松本楼」というレストラン脇に銀杏の巨木がある。「首かけいちょう」と呼ばれている。

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樹齢400年、幹周り6.5mとあるが、実寸以上のオーラがある。この銀杏は1600年以前に徳川家康が江戸幕府を開く前に植えられたと伝えられている。もともともっと日比谷通り側にあったのだが、300歳のころ、1901年に日比谷通り拡幅の際に倒されることになった。しかし公園を設計した本田静六という博士が首を懸けても移植すると主張しこの場所に25日かけ、450mを移動したらしい。静六さん、なかなかいいことをする。樹勢もありまだまだ100年以上がんばりそうだ。この銀杏のおかげか、松本楼は店の外にも数十人が列をなすほど盛況だった。

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2011年11月 9日 (水)

東京の街のこと

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ボクが上京したのは1975年のこと、山口県の田舎町からやってきたおのぼりさんだったので、東京という街のパワーに圧倒されていた。当時はまだ高層ビルもまばらで霞ヶ関ビルが存在感を示していた位だったからいわん東京タワーをやである。東京タワーはどこからも見えるくらい高かった。それが今ではビルの谷間に埋もれてしまいそうな様子。でもやっぱりそのプロポーションは何度見ても秀逸である。東京タワーに比べると新しいノッポ電波塔はいささか風情にかけるが、50年後はどうなのか。その評価は多分変わらないと思うのだが。

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2011年11月 4日 (金)

今の総理は誰?のこと

今の総理大臣は誰?と聞かれて、野田総理とまでは言えても野田○○というところがほとんどの人は言えない。そういう点では野田聖子のほうが知名度は高い。なぜそうなってしまったのか。一言で言えば「何も成果がない」からかもしれない。もう一歩踏み込むと、「何も具体的な行動が起きていない」からともいえるかも知れない。

民主党自体が見ていて当番で総理を決めているようで、リスクを犯して前進する人がまったく見当たらないから、誰がやっても同じという意見には同意。

どじょうは泥の中に埋まったまま生涯を終えるのだろう。こういうお菓子もすでに売り場の隅っこのひっそりしたところにまるでどじょうのように置いてあった。

私はもうとっくに見放したが、なぜ国民は見放さないのだろう?それが不思議でならない。

あ、ちなみに野田さんの下の名前は佳彦(よしひこ)です。千葉県船橋市出身。1957年生まれ(私と同じ学年だ)。確か日本新党~新進党~民主党の順にいた。それくらい覚えておいてあげよう。

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2011年11月 3日 (木)

小菅川の清掃のこと

どうも、PCがおかしいのか、ブログ更新のGUIがうまく表示されなくて、なかなか記事を書く気にならない。FAQにも出ていない現象だし、他のPCでやるとちゃんとなるのでこのPCが原因だということまではわかったのだが、もう長いこと解決していないのだ。さて・・・・・

今年も11月3日がやってきた。小菅村クリーングリーン作戦という山梨県小菅村の村内清掃で「瀬音」メンバーは河川清掃がポジション。

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早めに小菅小学校の校庭に着いてコーヒーを淹れて飲んでいたが、kurooさん、鵜住居さん、野村さんが到着。間に合わないと聞いていた他のメンバーも何とか間に合って校庭にそろった。

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ほんとうは駄目なのだがこの日だけは大目に見てもらい軽トラの荷台に乗って川の下流に移動。この風切って走る開放感は病み付きになる。

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早速下流域から清掃を始める。役場の加藤さんと組合長の小菅さんが今年の清掃区間についての説明をする。驚いたのは台風で川床どころか流れそのものが変わっていたこと。水位は4~5mの高さに及んだようだ。加藤さんの話だと今年の8月9月で1000ミリの雨が降ったとのこと。その後なかなか水量が減らず、川も荒れて釣り人も来なくなり、代わりにカワウがやってきてかなり岩魚山女魚を食ってしまったようだ。

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それでも川には尺岩魚、尺山女魚が悠々と泳いでいた。支流では35cmを越える岩魚がペアリングをしていて、皆しばらく見とれていた。産卵床を掘る岩魚の動きは何度見ても感嘆してしまう。ゴミ拾い再開、台風であまりに多くのゴミが流れてきていたので、途中でデポしたが例年の半分強の距離しか出来なかったが残念である。

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川から上がると加藤さんの車が迎えに来ていた。 そのまま原始村でテンプラ+蕎麦をご馳走になる。コシがあってとてもおいしい。村の方々の気持ちが嬉しい。他のお客さんも入ってきて混んでしまった折、役場の加藤さんがまるでウエイターのように注文を取ったり膳の上げ下げをして手伝っていたのは加藤さんの人柄。


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渓酔さんと<野>さんがおいしそうに蕎麦を食べる図。

その後は冬季釣り場組と鱒の庭組に分かれて釣りをして帰ったことは言うまでもない。組合長の池もきれいになって復活した。かれこれ15年も続くこのイベントには、出来る限り参加したいと思ってやまない。

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2011年10月23日 (日)

テスト

最近絵がアップできなくなったのでテストです。グレースアップ!

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あ、OldバージョンのIEだとできる。

グレースありがとう。

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2011年9月24日 (土)

懐かしいOLMの写真のこと

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懐かしい写真。1996年7月、15年前である。ニフティサーブのパソコン通信会議室 ■瀬 音■ の信州奈川でのオフラインミーティングの集合写真。前列真ん中に陣取っているのはもう社会人として働いているうちの子供たちと得さんのところの娘さん。ちなみに私は前列一番左、まだやせていた(笑)。

後列には懐かしい顔ぶれ。kurooさん夫妻もいるし、当時のアクティブメンバーがそろっている。30代~40代の働き盛りだったが、渓流釣りという趣味を持ち、パソコンという新しい時代の道具を使って、遠く離れた釣り人が集まってさらに親しい友人となった。しかし、集合写真っていいもんだなあ。

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2011年9月23日 (金)

台風の爪あとのこと

木曜日、台風一過で天候が回復したので、出かけることにした。水曜日に日本を縦断した台風15号は各地で氾濫を起こし北海道まで行っても台風のまま強大な自然の力を見せつけていた。しかし台風が過ぎ去ると晴れ間が出てきて暖かくなるので、増水した河川は無理にしても管理釣り場なら平気だろうと小菅を目指した。

ところが着いてみると池は空っぽ。9月いっぱい池の整備と魚の入れ換えで休業していたのである。王禅寺へ戻るのもいまさらだし、鹿留へいっても増水で休業になっているだろうということで、小菅川を見て回った。

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上の写真は東部キャンプ場の入り口のカーブ。余沢の橋の脇から撮影した。これはみんな流されてしまったなあ、と思いながら泥色の川の濁流を眺めるしかなかった。

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これは採石場の下(すずめのお宿の少し上流)の東京都の作った堰堤。流れの中にはちゃんとした堰堤があるのである。この場所でこれだけの水量だから、奥多摩湖は満水。小河内ダムからは鬼のようにドドドッとミルクコーヒー色の放水がされていた。

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白沢川へ回ってみた。小菅川出合の直上の滝のところである。もちろん凄い勢いで泥水が流れていたが、驚いたのはこの鉄製階段が最増水時には濁流に浸かっていた痕がしっかりと残っていたことだ。階段のステップには泥砂が溜まり、小枝や草が溜まっていた。数年前に川の清掃をしたときに、やはり歴史的な大水が出た後で、玉川の橋の下にサッカーボールが重力に逆らうように下から張り付いていたことがあった。川床からは7mもあったのに、そこまで水がでたのである。今回はそこまでは行っていないようだ。しかしフィッシングビレッジもC&R区間も回復には時間が掛かりそうである。10月のトラウトガーデンは間違いなく混雑するだろう。

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2011年9月21日 (水)

豊かなるブナの森のこと

山岳の渓流や沢を釣っていてしばしばすばらしい自然林に出会うことがある。そして通うようになると、毎回挨拶をする樹木が出来てくる。対象となる樹木はさまざまだが、森自体が包み込んでくれる場所というのもまれにあって、中でもブナの森がいちばん気持ちがいい。

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ただ多くの人々が人間の歴史を反省するようにブナを賞賛するが、同じ森にはブナのような生き方をする別の樹木もあったりする。下の写真のトチノキがその一例。ブナは雪の重みに倒れながらも復活を果たして曲がりブナとして大きく育っていくが、このトチノキはそれをまねるかのように地面すれすれを横に這い、そしてそそり立っていた。ちょっと感動的な樹木だった。

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稲刈りのこと

山形から東京まで一般道で帰ってきた。9時間半掛かった。寒河江から山辺、上山を抜け、金山峠から七ヶ宿街道へ、そして小坂峠を抜け国見で4号線に出た。そこからはずっと4号線をひた走った。意外と流れは速く80km/h近いアベレージの区間が多いので、休み休み走っても9時間半。2時間くらいは休んでいるので、正味7時間半である。高速道路の1.7倍という満足の行く所要時間で家にたどり着いた。 途中山形側の原口あたりではすでに稲刈りが行われていた。しばらく車を停めて、広がる田んぼと背景の山を眺めた。

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一生懸命育てた稲を出荷できない地域もある。放射能は体内蓄積レベルがポイントらしいから、私のような半世紀を過ぎた人間は多少食べてもなんともない。なのに地名だけで拒否反応を示す人間もいる。自分の子供が理由の不明瞭な差別を受けたら、その人たちはどう考えるのだろうか。小さな子供のいない家庭はもっと消費すべきだろう。

国も東電も極めて悪い。間接的な傷害と器物破損、そして精神的苦痛を強いておきながら、責任転嫁と知らん顔。しかし風評被害を引き起こす人間もそれに等しい間接的な加害者だと言わざるを得ない。 コウベを垂れる稲を眺めていて、例年は考えないはずのそういうことを強く思った。

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2011年9月20日 (火)

秋の山形釣行 (5)

5日目、今日が最終日。前日安楽な溪で釣ったにもかかわらず、身体がかなり疲労困憊している。やはり年を取ると回復しないものだなあ。

月山のとある沢の下流に行くとすでに先行者の車が駐車していた。厳しい上流に行くには身体持たないので、諦めて山の反対側にあるO川に向かう。ところがここにも数人の釣り人が入っている。お~い平日だぞ!って自分のことは棚に上げて思う。

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仕方なくさらに上流に向かい堰堤上からの短い区間を釣る事にした。時間にして1時間半ほどの区間だが、反応はまずまずだった。最初の1尾はバラしてしまったが、深みのあるポイントのうち3分の1くらいの確率で岩魚が反応する。

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1尾目のサイズは7寸ほど。この川には大きいものもいるので油断は出来ない。続いて2尾目を掛けた。

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これはちょっと小さめの6寸。たぶん朝一番で誰かが入ったのだろう。そこここに真新しい足跡がある。それでも反応があるので楽しめる。

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しばらくして今日の一番、8寸の岩魚。 気温はぐんぐん上がってくる。 いつもは夏でも比較的涼しいエリアなのだが今日は妙に暑い。 だからこそ先行者の後でも反応してくれるのだと思うとありがたい。

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6尾を数えたところで終点の二段堰堤に着いてしまった。短い区間だったがそこそこ楽しめた。ちょっと贅沢な山形の平日釣行も終わりである。 身体は疲労しているのに気持ちだけはもっともっと釣りたいと思っているが、更なる良型は来年に期待しよう。

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秋になって渓流釣りのシーズンが終わりを迎える頃になると、ツリフネソウがそれを伝えてくれる。珍しい色のツリフネソウもあって、キツリフネも沢山咲いていた。思い出になる5日間の山形釣行だった。それを盛り上げてくれたそうめにすと倶楽部の面々と、自然豊かな溪に感謝してやまない。

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秋の山形釣行 (4)

4日目は疲れた身体を休ませる目的であまり竿を出さずに安楽な溪で楽しく釣ろうと思っていた。そこで予定していたのが、「秀」さん、NOBEさん+相方様のクミコさんとの釣行だったが、朝「秀」さん宅に行くと「秀」さんは仕事が急に入って行けないとのこと。「秀」さんの勧めもあり、3人で安楽なW川を釣る事にした。

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橋のそばの駐車スペースに車を止め、橋から流れを覗き込むと良型の岩魚が泳いでいる。しかも水面近くの流下物に何度も反応していた。

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「NOBEさん、あれを釣ってください」とけしかけて最初の1投をNOBEさんのフライに託す。1投目は少し左を流れ岩魚はそれに気づかない。2投目、岩魚の10cmほど脇を毛鉤が流れた。すかさずやる気満々の岩魚が毛鉤にライズ。NOBEさん見事にギャラリーの目前で狙った岩魚を掛けた。たいしたものだ。

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交代で釣る事になり、次はクミコさんの番。何投目かに小さいながら山女魚を掛けた。この二人、なんだかんだ言いながらもきちんと釣るところはさすがである。

準備が出来ていないのでNOBEさんに先に釣ってもらうとすぐに小型ながら山女魚を追加。この川意外と良いかもしれないと思い始めた。そして小枝が垂れていてフライでは狙いづらいポイントの小枝ぎりぎり数cmのところを流すといきなり重めのアタリ。なんと良型の山女魚が飛び出したのである。

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フトコロの浅いせいぜい20cmほどの水深だったが山女魚を測ってみると29cmあった。ちょっと自分でも驚いた。ここで3人とも俄然やる気が溢れてくる。

しかしなぜかその後は小型ばかりが出てくる。数は出るのだが、10cm~18cmの個体がほとんどなのである。

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NOBEさんはクミコさんにフライの流し方やポイントを説明している。若いっていいな・・・と五十路を過ぎた私はほほえましくなってくる。

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しばらく小型山女魚に遊ばれた後、次の橋の手前のポイントでクミコさんがまずまずの型の岩魚を引き出した。思わず笑みがこぼれる。(ネットに収まった岩魚が写っていなくてすみません)

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やっと岩魚の領域になってきたかと喜んだが、反応が落ちてきた。ここぞというポイントに入っていない。たまに掛かるのはやはり小型の岩魚・山女魚ばかり。最初のあれは何だったのだろう?

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この辺りから徐々にボサがかかる部分が出てきた。ボサが掛かると虫が落ちて来やすいので魚がつく確率が高くなる。写真の樹はイチジクっぽくもあり、桐のようでもあり、葉っぱは桐なのだが実が違う。後に図鑑で調べたが解らずじまい。

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NOBEさんたちは5時頃までに「秀」さん宅へ戻るというので、この辺で脱渓することにして納竿。最初の沢を登り林道に出た。帰りは車まで林道をあるく安楽な釣り。いつも同年代のおっさんと釣りをしていると、こうして若い二人と同行するのがとても新鮮だった。NOBEさん、相方様、またご一緒しましょうね。ありがとうございました。

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2011年9月19日 (月)

秋の山形釣行 (3)

3日目はPLAさん、キョシさんと大鳥川へ釣行。今回のメインと言ってもいい中日だ。キョシさんと待ち合わせ、早朝に寒河江を出発する。寒河江からは約2時間の道程である。泡滝ダムに着くとすでに数台の車がある。どれが釣り人でどれが登山者なのかはなかなか見分けがつきにくい。準備を終えて登山道を1時間余り歩く。
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先月はなかった作業小屋が登山道の入り口にできていた。大鳥川のこの区間には入渓できる場所が数えるほどしかない。それだけ険峪ということだ。
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途中には崩落しかけている場所もあるが、登山道はよく整備され、今回は道脇の草まで刈ってあった。先月の入渓点をやり過ごし、脱溪した沢から今回は入渓する。登山道の吊り橋のたもとに下りれば、本流はすぐである。
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PLAさんとキョシさんはすぐに準備を整えるが、私は体力の回復を待つようにゆっくりと準備した。さすがにここまで1時間余りの登山道は体に堪える。
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秋になったせいか岩魚の反応が渋い。それでもPLAさんが間もなく1尾目を掛けて、タモに入った岩魚を観察している。
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間もなく私にも岩魚が掛かった。今回は水量が3割程度少なかったので、遡行は楽だが、反応が極めて渋く、手前で反転する岩魚が目立った。底石も茶色くなっている箇所が多く、水量が復活するまではこの渋さはどうしようもないと思われた。
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底石のきれいな場所で釣ると白っぽい大鳥らしい岩魚がでるのだが、少し深みのある場所で掛けると腹の黄色い居付き風の岩魚が出てくる。
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それぞれが数尾程度釣ったところで昼食にしようと言うことになった。ふと上流を眺めると先行者がいる。「あらら、それで渋かったのね」と苦虫を噛むような雰囲気。1時間余りの登山道を歩いてもうすぐ8割がた予定コースを終えようという段階での先行者発見はショックだったが、脱溪点のないことからもしもっと手前で気づいていたらもっとがっかりしただろうと思った。
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まあここまで数尾とはいえ楽しく釣れたのだからよしとしよう。そういう切り替えが必要な時もある。
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PLAさんもキョシさんもめげずに竿抜けを探って釣っていく。先行者は本流を上って行ったので、我々は沢に入ることにした。
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ここから岩魚の着き場は割りとまともになった。ちゃんと普通の場所で出てくれる。私も反応を楽しんだ。
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不調だと嘆いていたPLAさんも沢に入って岩魚の反応を楽しんでいたようだ。
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そして、小さなポイント(幅50cm×長さ1m)に毛鉤を落とすといかにも良型と思われる岩魚が食らいついた。尺くらいまでなら引き抜けるテンカラの仕掛けなのだが、浮いてこない。竿が大きく曲がり綱引き状態になった後、大岩魚は毛鉤を見事に外し逃げてしまった。魚体を見たPLAさんも尺は十分にあったと言っていたが、綱引きの感覚はポンドで50cmクラスのブラウンとやりとりする位のトルクがあった。それだけに未だに悔しい気持ちが消えない。しかし判定は岩魚の勝ちである。

水量が少なくなってきたところで沢を戻り脱溪、登山道を1時間半ほど下る。途中、すばらしいブナの森が広がる。雪多い奥山らしく根曲がりのブナの柔軟な力強さを感じられる。
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得滝(とPLAさんが前回命名)で休憩。ここでの休憩は大鳥に来たときのお約束のパターンになりつつある。
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悔しいことが重なりはしたが、PLAさん、キョシさんとの釣行はすこぶる楽しいものだった。帰り道も最年長のキョシさんが運転してくださり、ついうとうとしてハッと気づいて申し訳ない気持ちになった。

PLAさん、キョシさん、本当に有難うございました。来年もぜひまたご一緒しましょう。

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2011年9月17日 (土)

秋の山形釣行 (2)

さて2日目の火曜日は「秀」さんと朝日川へ向かう。寒河江からだと40分ほどでエリアに到着する。途中車窓に見えた最上川はずいぶんと水量が少なく一抹の不安。この水系はPLAさんと「秀」さんがテンカラを始めて間もない頃にしばしば来たという。

木川ダム前後の細い川沿いの道を走るがあちこちに釣り人の車が止まっている。聞くと相当な有名河川らしい。まるで関東の渓流だ。
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白滝沢出合から入渓する。視界の範囲に仙台ナンバーのパジェロが止まっている。釣りはじめてすぐにこれはだめだと判断。まったく出てこない。先行者が通ったばかりのような感じ。仕方なく山を越えて、他の溪に行った。

しばしば訪れるこの二つ目の川でも先行者は毎度のこと。チェックした範囲でも地元ナンバーの軽自動車が釣りしていますというかのように駐車していたが、まあやってみようということで川に入った。
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程なく「秀」さんが1尾釣る。私もちびながら1尾、そして「秀」さんがもう1尾追加した。少しだけ遡行して前方を見ると餌釣りの釣り人がいる。仕方なくここで脱渓。寒河江川水系の沢に場所を再び変更した。もう昼を回って太陽が正面から照らす時間になってきていたので、先行者はいても時間が経過している。

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「秀」さん、2ヶ月ぶりといっていたがまるで毎週行っているかのような自然な釣り姿。この人安楽だけど釣り人としての腕はたいしたものがある。しかしここでなんとウグイがかかってしまう。これには「秀」さん落ち込んだ。こんな山の沢でウグイとは・・・・。

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私には小さいながらちゃんと岩魚が出てくれた。ウグイを釣ってしまった「秀」さんはそれまでの明るさが消えてしまっている。その直後になんと「秀」さん、良型の岩魚を掛けた。

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でかい、「尺あるんじゃない?」と聞くが、ウグイのダメージからか「そんなに大きくない」と「秀」さんが返す。しかしメジャーで測ってみると29cmあった。惜しい、泣き尺岩魚だ。記念写真をと1枚。

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良型岩魚を釣ってもまだウグイの呪縛から抜けられない「秀」さんだったが、しばらくして私もウグイを掛けてしまったのを見て急に元気が戻った。不思議な人だ。普通のものさしでは測りきれない才能があるような気がする。

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元気になった「秀」さんは着実に追加してツ抜けした。私に言わせると、そうめにすとメンバーの重鎮の中で、都筑さんは神のような存在だが、PLAさんは研究者あるいは学者風の釣り人であるのに対して、「秀」さんはアーティスト的な釣り人である。


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そうこうしているうちに脱渓点の切り込み堰堤に着いてしまった。私はまだ数尾しか釣っていないが、「秀」さんは倍以上釣っていたように思う。どこが2ヶ月のブランクだというのか。

とにもかくにも、「秀」さんとの楽しい釣行、相手をしてくれた「秀」さんに感謝である。

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秋の山形釣行 (1)

今年は毎月山形へ出かけている。5月、6月、7月、8月、9月と5ヶ月連続で、まったく道楽な話である。9月は12日から5日間、山形で釣りをして過ごした。残暑は厳しいが、どんなに汗だくになっても沢に入れば気分爽快だから勝手なものである。(^-^;

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初日のT沢の入り口は滝で始まる。一昨年「秀」さんとこの時期に来て良型を沢山釣ったゲンのいい沢である。ところがしばらく遡行しても反応がない。ちょっと焦り気味になるが、この下の区間はもともとそんなに魚影が濃くないので、さっさと飛ばして上流へ進む。

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100m余り遡行してようやく最初の1尾。まずまずの型である。樹の下だったので体色が黒っぽいが、8寸ほどの雄の居着き岩魚である。

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ここから俄然反応が良くなった。フトコロのあるポイントがあると5割以上の確率で反応あり、気持ちのいい釣りが続いた。ところがこのあと浮石に足を滑らせて転倒、防水でないCASIOのデジカメを沈してしまった。おまけに左の中指を突き指。しかし、へこたれずに何もなかったかのように釣行継続。

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反応は良好な状態が続く。 予備に持ってきていたPENTAXの防水カメラに切り替えて撮影。やはり釣りカメラは防水に限る。 ただし画像が良くないのが難点だが、ブログの写真くらいなら何の問題もない。

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10尾までは数えていたがもうカウントしていられるペースではなくなった。秋とはいえ気温が高いので反応がいいのだろう。 虫はあまり飛んでいないのだが毛鉤にはよく反応する。

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写真がいつもここで終わりにする二又。 このあたりは砂で埋まっていて魚影がなくなった。今回もここで納竿。初日にしては最高の釣りだった。

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足元に目を向けるとダイモンジソウが群生している。 夏から初秋に掛けて咲く沢沿いの花。 大きさは2cmほどだが和の雰囲気がする可憐な花である。

沢通しで下る。 途中の抜け道に入って写真のミズナラの巨木に挨拶をする。 この大木に挨拶をするのがここを釣ったときの私の決まりごとになっているのである。

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山に感謝して、初日の釣りを爆釣で迎えられたことにひたすら感謝した。

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