焚き火の心のこと
山小屋の夕暮れ、帳(とばり)が下りるようにあたりが暗くなっていくにつれて、焚き火の炎がだんだん明るくなっていきます。 実際は焚き火の明るさは変わっていないのですが、そう感じるんですよね。
焚き火を囲んで仲間とたわいのない話をするのは至福の時間です。 さすがに五十路ともなると打ち明け話などはなくなりますが、それぞれの回顧話を聞くのは格別です。 いろいろな人生が焚き火の火の粉になって暗闇に舞い上がっていきます。
自然で遊ぶ人の多くがこの焚き火を何よりの楽しみにしています。 残念ながら昨今は消防の指導で山間のキャンプ場でも焚き火は禁止になったところがほとんどですが、正しい焚き火の方法を教えることのほうがはるかに重要だと思います。
僕等が子供の頃は、貝印のカミソリで鉛筆を削っていました。 ごく普通の教室での風景です。 もちろん手を切って血を流す子も居ましたし、ほとんどの子供がそうやって刃物の危険さと有用さを覚えたものです。
焚き火も同じなんですけどね。 責任というおかしな縛りが、責任を取れない管理者に禁止させているのです。 やっぱりおかしいぞ、この国の公は。
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