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2010年11月29日 (月)

神田川を下るのこと -井の頭通りをくぐる-

Imgp0303 明大裏からしばらく行くと、高圧線が頭上を走り、その下を井の頭線が通っている。大学が近いからか、やたらとランニング(ジョギング)をしている人を見かける。

Imgp0314 井の頭線はガードの下をくぐるように歩道がついていて、それを過ぎると井の頭通り。ここでは珍しく、橋が道路と交差点のようになっていて贅沢にも横断歩道が2本ある。 橋の名前は神泉橋、井の頭線の神泉駅とは関係ないだろう。

井の頭通りというのは最近ついた名称で、近衛文麿(明治の首相)がここをよく通っており、彼が井之頭街道命名したらしい。 東京オリンピック前にそれが正式に井の頭通りという名称に指定されたという話が書いてあった。

Imgp0317 井の頭通りの北側、和泉小学校と中学校の脇に大きな水道管が通っている。 上の話の間には井の頭通りは一般に「水道道路」と呼ばれ、水道埋設の道路だった。 武蔵境の浄水場から、大原の給水場へ上水を送る水道管が写真の太い管である。都会の地下にはいろんなものが埋まっているが、こうして表に出るのは珍しい。

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2010年11月28日 (日)

神田川を下るのこと -永福橋から続き-

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別の日、というか翌日のこと、永福橋から続きをスタートということで、下高井戸まで世田谷線で行く。 下高井戸の街は私鉄沿線の中でも特異で、情緒溢れる街である。 駅前市場もそうだし、日大の学生相手の廉価な居酒屋も多い。 駅前市場をくぐって甲州街道へ向かうと写真の柏木精米店がある。 昭和そのものの風情をかもし出していて素晴らしい。

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道草ばかりでなかなか神田川に着かない。 首都高4号線の高架の下の甲州街道(国道20号)は交通量も多く、横断歩道も少ない。しかし歩行者は歩道橋を通らず、数少ない横断歩道に迂回する。 片側4車線の甲州街道を渡ると玉川上水の暗渠である。 これは先の宿題。

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永福橋についてからは、明大和泉校舎の裏手を神田川沿いに歩く。 この辺りの護岸は年季が入っている。 コケのつき方もなかなかいい。この辺りには知人の勤めていた聾学校もあったが、最近廃校になった。どこに移転してしまったのだろうか。

ちょうど和泉校舎の真裏辺りだろうか、都内には珍しい竹薮があった。里にはこれでもかというくらい竹薮があるのだが、東京ではさすがに珍しい。珍しいといっても、自宅から半径1km以内に3,4ヶ所くらいはある。 竹薮ではたけのこが採れるが、うっそうと生い茂っているのが都内の竹薮の特徴でもある。手が入っていないのだ。

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2010年11月27日 (土)

和田堀池のカワセミのこと

Imgp0768 和田堀公園(杉並区)の池にカワセミが棲んでいることは知られた話で、毎日のようにカワセミの写真や映像を撮ろうと何人もが構えている。 今日何気にぶらっと池の周りを歩いていたら、目の前の小枝に飛んできて止った。 カメラを構えて撮影すると、向こうから数人がカメラや双眼鏡を片手にやってきた。そしてカワセミの飛んでいった方角へ通り過ぎていった。

野川やその他カワセミがいる場所では追ってもなかなか捉えられない。 むしろぼーっとして立っていたほうが目の前に来る確率ははるかに高いような気がする。 先ほどの人々が通り過ぎるとき、なんとなく殺気を感じた。 う~ん。。。

ちなみに和田堀のカワセミは小さかった。 子供なのかな? 普通の成鳥の7割程度の大きさだったのに、背中のラインと色がとてもきれいで、都会のカワセミは美しい・・・・と思ったのです。

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2010年11月26日 (金)

神田川を下るのこと -浜田山あたりから永福橋まで-

Imgp0218 鎌倉街道なるものは関東にはあちこちにある。この周辺では、五日市街道からこの神田川を渡り、上北沢へ抜ける道が今も鎌倉街道と呼ばれるが、甲州街道から南に行くとその名は消える。 一方、笹塚から井の頭線下北沢駅脇を抜ける道路も鎌倉通りと呼ばれる。 異なる道ながら同じように鎌倉へ続いたのだろう。神田川を渡す橋は鎌倉橋とある。 塚山公園脇にある。 塚山公園には縄文時代の遺跡がある。

Imgp0205 この辺りにも野鳥は多い。 写真はハクセキレイ。 そして下の写真はヒヨドリ。

Imgp0230ヒヨドリの周りを目を凝らして見ると小さな虫が沢山飛んでいる。 ユスリカである。 神田川にはユスリカが多い。 夕方になるとダマになっていて、口に入ったりするからかなわない。

Imgp0244 Imgp0248  護岸の切れ目がある。 おそらく右側が古い。 左側は1972年という表記がある。 時代のある神田川の護岸はこんな風にところどころで模様や形が変化する。

Imgp0262 今回の中間ゴールである永福橋。 高圧線が頭上を通っている。 この高圧線、東京では普通に家々の頭上を通っているが、実は西洋諸国ではこの下には人を住まわせないところが多い。 電波障害だけでなく、健康障害も報告されている。 しかし社会インフラが個人を軽視する東洋の国々ではあまり問題視されない。 だが、その下に住んでいる人には空中使用の名目か何かでいくばくかのお金が支払われているケースもあるようだ。 こういう問題を社会的に隠すのがこの国の政治の姿なんだよなあ。

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2010年11月25日 (木)

神田川を下るのこと -高井戸駅から浜田山あたり-

Imgp0169 神田川は環八をくぐる。 ここには横断歩道はないので一旦改札前まで階段であがり歩道橋を渡る。 駅前だから、幅広い横断歩道をつけてもいいように思うが車優先なのだろう。 この辺りは桜の名所。 春になると川面に垂れ下がるように咲き誇る。

Imgp0182 この辺りの川床は写真のような井桁型になる。 この中に石などを詰めることで水を浄化しているのだろう。 透明度も高く、鯉も気持ちよさげだ。

Imgp0195 線路をはさんで清掃工場の反対側に昔ながらの井戸があった。 水はちゃんと出る。 しかし井戸かどうかいぶかしい。 たぶん違うような気がした。

Imgp0197 神田川のような開渠を歩いていると、時々写真のような大きな土管を目にする。 これは支流からの流れ込み。 増水時に川床を掘らないように、流れ出しはコンクリート敷きになっているのである。

Imgp0200流れ込みが支流でも小川レベルになるとこんな大きな穴が開いている。柏の宮公園近くの堂ノ下橋。 推測するに高速高井戸IC下を流れる多摩川上水から来ているのではないかと思ったが、どの調査本にも載っていない。 南から来る道はこっちに向かって下っているので、昔は短い支流だったと考えるのが適切かもしれない。道のつき方を見ていると高井戸インター下から流れているように思えてならないのである。 甲州街道高井戸の標高が45mでここが40mだから5mの標高差がある。 次回はここも探ってみよう。

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2010年11月24日 (水)

神田川を下るのこと -三鷹台駅から富士見ヶ丘駅あたり-

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三鷹台駅を過ぎてしばらく川を下ると三鷹市から杉並区に入る。 すると川の整備がとたんに荒々しくなった・・・というか放置区間が目立った。 流域で統一感がないのは、地方行政の限界なのだろうか?

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それでも桜の落ち葉の間についた小さな虫を追ってハクセキレイがあちこちにいる。水質は悪くない。

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道中空腹を感じたので久我山駅前の松屋で牛めしを食す。 並で320円なり。 30年前の牛丼と同じ程度の値段だ。 この松屋は確か森永ラブ~バーガーキングと変遷した記憶がある。 街は変われど川は流れるのだ。

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富士見ケ丘の井の頭線電車庫の裏手を川が流れる。対岸は王子製紙と印刷局のグランドがある。 イイギリの実が実っていた。 この形と大きさの葉を持つ樹木は多いが、イイギリは葉柄が長いので見分けられる。

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川沿いの道には0.5kmごとにこの道標がある。 まだ3kmか。 隅田川までは21.5kmもある。

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2010年11月23日 (火)

神田川を下るのこと -夕やけ橋から三鷹台駅あたり-

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写真の夕やけ橋から下流はすぐに残念なコンクリート護岸になる。両側を胸高のフェンスが覆い、人と川を分断している感じがする。 しかし都会の川はいったん豪雨になると手がつけられないほど荒れる。 その時にどこかの馬鹿が川に流されないとも限らない。 そうすると東京都は何を管理しているのか・・・などと言い出す阿呆がいる。 困ったものだ。

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しばらく神田川は京王井の頭線と併走する。 こういう護岸だが、ビオトープが意識して作られているので平水時は水もなかなかきれいだ。

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三鷹台駅の手前で都会には珍しいサギがいた。 アオサギである。 サギの仲間では最大で、山里の高い樹木の上に営巣して水辺へ捕食に来る。 アオサギは比較的動揺しないでどっしり構えて餌を採っていることが多いが、このアオサギはまだ若いのかちょこちょこ動いて餌を追っていた。

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三鷹台駅の前後は川に道が沿っていないので少しだけ迂回する。川は井の頭線をくぐり、線路を左岸に移す。 この辺りからおかしなビオトープが出現する。 鯉もやたら多い。 増水時に鯉が流されないようにするためなのかどうかはわからないが、おかしな景色である。

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こうなるともう笑ってしまう。 これはいかんでしょう。 生態系のことをどういう風に考えているのかわからない。google mapで三鷹台駅南東の航空写真を見ると、トンボの絵やら、なんだかわからない動物の絵になっていて、正直悪趣味だと思う。 子供が入って遊べる川ならまだ許せるんだけどなあ。

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2010年11月22日 (月)

神田川を下るのこと -井の頭駅からちょっと-

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水門橋からちょっと下ると公園の井の頭公園駅出口。 公園から出ずに川沿いに遊歩道が通じている。ここも井の頭公園の一部なのだろうか。流れがある分こっちのほうがいい。

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ラクウショウが真ん丸い実をつけている。 上のほうはもう明るい茶色に黄葉していた。

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コサギが小魚を探している。 足でササササっと探るようにして出てきた小魚をうまいこと咥える。子供の頃、ドジョウを捕まえるのに良くやった方法だ。私の地方ではエブと呼んだが、一般的には箕(み)と呼ぶ農具で魚取りをしたものだ。

Photo (箕)

少し下ると、優雅に写生をしている人がいた。 絵心がない私にはうらやましい限りである。

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遊歩道の人通りは結構多いが、絵描きさんのいる側はほとんど人が通らないのでゆっくりと描けるのだろう。

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現代でもこうして子供たちがザリガニ採りをして遊んでいる姿が見られるのは、とても嬉しいことだ。 川面に子供たちの歓声が広がる。 なかなか食いついてくれないようだ。そういえばヒルに吸い付かれながら二ホンザリガニを採っていた小学生時代、わずか2~3年でアメリカザリガニが二ホンザリガニを駆逐するのを目の当たりにした。 鋏の大きなアメリカザリガニのほうが人気があったが、今となっては二ホンザリガニに会いたいものだ。

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兄弟と思しき二人は一心不乱にザリガニを追っている。 兄が岩を跳ぶと弟がそれについていく。 遠くからそっと眺めていた。 とても良いものを分けてくれたように感じた。

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2010年11月21日 (日)

神田川を下るのこと -井の頭公園編-

さて昨日ひとつおかしな表記をしてしまった。 神田川を用水路と呼んだことである。 もともとは川だった、それを用水路として使い「神田上水」という名称になったというのが正確。井の頭公園には7つの湧水があり、それが江戸の町の水になっていた。 今の池は濁り気味だが、心無い飼い主に捨てられて異常繁殖したアカミミガメ(ミドリガメ)もその高い栄養に支えられて生きている。とはいえミドリガメを捨てたのは主に私たちの世代である。

Imgp0013井の頭公園は桜の花見の名所。 だが、ソメイヨシノはもう寿命が迫っている。朽ちて池に倒れるのをかろうじて人間が防いでいる状態。接木によってハイブリッド化されて作られたソメイヨシノだから致し方ない。 次に植えるのは、エドヒガンやオオシマの原種に近いものにしてほしいと思う。

Imgp0021井の頭池の豊かな水が流出するのはまずひょうたん橋から。ひょうたん橋の下にさらに小さな池(ひょうたん池)があるが、何のためかはわからない。ここにはカワセミも営巣しているらしいが、小魚が豊富だからもっといてもいいと思う。聞いた話だとせいぜい数羽しかいないらしい。

Imgp0026ひょうたん橋はもしかしたら後々に作られたのかもしれない。 あるいは井の頭池に掛かる橋、弁天橋などと同じ扱いをすべきだろう。 一般に神田川の最初の橋はここから20mほど下流の「水門橋」である。

Imgp0038 これが水門橋。 左岸に橋名の碑がある。 以前は丸太デザインだったが、いつの間にか石組みデザインに変わっていた。どうせなら最初の橋なのだから、本当の石組みの橋にしてほしかった。

ここから神田川が始まる。約25kmで東京湾に注ぐ、短くも長い水の旅。 どこまで下れるかは根気勝負だな。

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2010年11月20日 (土)

神田川源流を覘くのこと

井の頭公園の井の頭池が神田川の源流だということは有名な話である。 神田川は江戸時代初期に江戸の町の水利を担った用水路だが、人口増加とともに神田川では不足になり、玉川上水やその他沢山の用水路も作られた。 ただまだ人口の多くない初期には井の頭池は江戸の水がめだったわけだ。

Imgp9998 井の頭池には当時多数の湧水があったらしいが、今はほとんどない。 上の写真が代表的な「お茶の水」といわれる湧水。 今でもとうとうと水が溢れているが、実際には汲み上げているそうだ。

Imgp0005 とはいえ水はとてもきれいで飲めそうだ。 豊栄養でにごっている現在の池からは想像がつかないが、水は溜まるとにごりやすい。 流れる水はきれいに見える。

昔はいくつもの湧水があったと記したが、弁財天のそばにもひとつ湧水が復活していた。

Imgp0017 見るからに作られた感の強いものだが、水の流れを見ていると、そういう邪念は薄れていく。 水の神様弁財天に失礼をしたのに心を穏やかにしてくれたのはご利益か?

Imgp0014 命の水を見る人は少ないが、紅葉のきれいな弁財天にお参りする人は沢山いた。 この弁財天は天台宗のお寺で、平安時代の建立。 やはり水があるところにははるか昔から人間の営みがあったのだと納得した。

[追記]

今回から写真のポップアップを止めました。見る側にとってはいちいちクリックしてそれをまた閉じるのは面倒だろうと考えたからです。 たぶんこの方がいいですね。

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2010年11月19日 (金)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 7-

だいぶ千歳船橋の自宅に近づいてきた。 今回のゴールは小田急線をくぐる千歳郵便局脇と決めている。 国士舘大学~城山小学校の辺りはきれいな緑道だったが、城山通りを渡ると簡易的な緑道になった。

Imgp9938 比べると貧相だがこういう方が何か昔の跡が残っていそうである。緑道は世田谷線をこっそりと越えて、城山通り沿いになり、鷗友学園の裏手を抜ける。 もちろん世田谷線に鉄橋などはなく、下の写真の電柱の手前あたりが川がくぐっているところだ。

Imgp9959 経堂の近くに昔の写真があったので撮った。Imgp9981 これがどの辺りの写真なのかはわからないが、この写真の右の土手に似た法面の跡があった。

Imgp9976 微妙ではあるが、この位置にこんな法面が必要になる可能性がまったくない場所だから、これは昔の土手の跡だろうと推測した。 こんなのを探すのが意外に面白いのだ。

だんだんゴールが近づいてきた。 桜並木の落ち葉がきれいに敷き詰められたような緑道、石仏公園の手前で今回の散歩は終了。

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2010年11月18日 (木)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 6-

環七を渡るのに横断歩道はない。 もともと川なのだから致し方ない。 世田谷線の踏み切りに沿った横断歩道を渡り環七の西側へ、MINIのディーラー脇から再び烏山川緑道に入る。

Imgp9871 この辺りを含めて烏山川緑道ができたのは、昭和40年代後半。 完成は昭和49年である。 西暦で言うと1974年、私が上京したのが1975年だからその直前である。当時は下北沢、渋谷、中目黒を拠点に動いていたのに、この辺りのことはまったく覚えていない。

Imgp9886 途中の路地に昔の初代ブルーバードを見つけた。これは310シリーズの312型で、1961年~1963年のモデルである。たぶん1200ccの3速マニュアル。マニア垂涎の車なのだろう。 この車を見ていると、烏山川が川であった時代にタイムスリップしたような気持ちになった。私が物心ついたころ、50年近く前の車である。程度もすばらしく、オーナーの愛情が溢れているようだった。

Imgp9895 緑道にはこのような清掃のゴミ一時集積所がある。 地元の方が落ち葉を清掃しているのである。 昔なら焚き火になってサツマイモがホクホクに焼けているだろうに・・・今の東京ではそんなことしたらお縄になりかねない。

Imgp9914 国士舘大学の裏手で新旧3代の法面を見つけた。 真ん中の石積みの土手が川だった頃のものだろう。 その後左のコンクリート、最近になって右のコンクリートの壁ができたようだ。やっぱり石組みが一番いいなあ。

Imgp9931 この緑道の下に川が流れている証拠に、この雨水マスからゴウゴウと流れる水の音が聞こえてくる。多少臭いはするが、この音はいい。昔だけでなく今でも川だということを知らせてくれるからだ。

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2010年11月17日 (水)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 5-

下の谷橋に戻って西進すると500mほどで茶沢通りに出る。 三軒茶屋と下北沢を結ぶ地方道である。

Imgp9835 ここは旧太子橋。 きれいな欄干のモニュメントがあって太子橋と記されている。 どうも不動産屋の看板がうるさいのが玉にキズだが。

Imgp9832 茶沢通りからの暗渠の緑道はいささか貧相になる。 それでも太子堂小学校のあたりに来ると再び広くなり、きれいな緑道に戻る。

Imgp9849 太子堂小学校を過ぎると間もなく緑道工事区間になった。 通ることができない。 工事らしい工事は行われていないが、こういう緑道の工事はのんびりと長い期間をかけて行われるのが一般的である。しかし告知板を見てみると、今年の10月下旬から12月上旬までが工事期間とある。なかなか短期集中でよろしい。

Imgp9856 工事のかなたにキャロットタワーが見える。 いつしか三茶のシンボルになった。もう少しで環七通りだ。

とここで野鳥のいそうな樹木を覗いたら、なんとコゲラがいた。 環七から10mほどしか離れていないこの場所にこの鳥がいるとは驚いた。 それだけ東京の緑が良くなってきたということなのだろうか。

Imgp9865 若林橋で環七へ到着。 どういう橋だったのかはわからない。 ただ昭和31年の地図には環八どころかこの環七もなかったので、50年余り前にはここは道路よりも川が優先して闊歩するかのように流れていたのだろう。

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2010年11月16日 (火)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 4-

三宿神社を出て上流へ歩く。三軒茶屋あたりまでは緑道のほうが周辺よりも高くなっている。暗渠下の川床が高いのだろうか?正確な標高がわからないので不明。ある場所で昔の石垣を見つけた。もしかしたら開渠だった時代の名残かもしれない。周辺とは明らかに違うのでそうだと信じたいところだ。

Imgp9781 さらに周辺で名残らしきものを探すがなかなか見当たらない。間もなくすると面白い家を見つけた。

Imgp9787 すばらしいとんがりのベランダである。『空から日本を見てみよう』(テレビ東京)をご覧になっていればこれがもし建物なら記録的なとんがりであることがわかるだろうが、残念ながらベランダである。 ただ角度は10度くらいしかない。土地と空間を見事に活用している。

Imgp9791 太子堂のあたり、下の谷橋(したのやばし)でまたまたちょっと道草した。円泉寺という寺に立ち寄る。

Imgp9808 太子堂の地名の由来になったと思われるのがこのお寺。 境内には面白い石仏?が沢山置いてある。歴史的な価値はないだろうが見ていて楽しくなる。寺の説明では14世紀の南北朝時代開山のようになっているが実際は安土桃山~江戸時代初期からだろう。寺の境内には聖徳太子を祭った社がある。これが地名の由来らしい。

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Imgp9825 なんとなくかなり新しい感じがするが、地名に残る分霊験はありそうだ。ケヤキの大木の跡、その中に庚申塚があってそこは何かエネルギーを感じさせた。

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2010年11月15日 (月)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 3-

池尻大橋から500mほど歩くと北沢川暗渠との分岐点に着く。 ここからが烏山川の暗渠である。

Imgp9728 分岐点にはモニュメントがある。 カワウソだろうか? 黒御影石で立派なものだ。 水流が保たれる北沢川に対して、烏山川のほうはすぐに暗渠上の水路は消える。行き止まりになった三宿の計画道路を渡ると、もう水路はない。

Imgp9753 分岐から500mほどで右手に三宿神社が現れる。 比較的近代の神社で深い所縁は内容である。だが、都会の住宅地にひっそりと佇む静かな神社で、不思議な雰囲気もある。今回は銀杏が多数落ちていて、独特の異臭を放っていた。

Imgp9758_3この銀杏の樹の裏手、祠の右側に石の階段がある。 これを上ってみたのだがその先には何もない。 はて? 昔はこっちに祠があったのだろうか?

Imgp9766 どうもこの境内は裏手につながる道になっていたらしいが、定かではない。寺社仏閣というものはこういう不気味さがあったほうが霊験がありそうだから不思議である。

Imgp9772 祠の左手は普通の神社っぽく、赤い稲荷さんの祠も並んでいる。こういう無名の神社もまた面白い。 ちょっと道草をしてしまったが、また烏山川の暗渠に戻ろう。

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2010年11月14日 (日)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 2-

目黒川が暗渠になってからしばらくは「せせらぎの道」?が続く。 説明書きによるとこの水は新宿区の落合の水再生センターで再生された水を流しているらしい。足元のコンクリートの下には本当の流れがあり、あくまでも人工的な流れなのである。

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北沢川との分岐までは数百mだが、その間だけでも色々な生き物がいた。Imgp9654

まずは人間? いや、確かにそうだと思う。 水辺を歩く人間は、電車に乗っている人間とはまったく違ってやわらかい表情をしている。 都会ではほとんどないのだが、水辺では見知らぬ人でも会釈をしたり、まれに話しかけてくる人も居るのである。

Imgp9686 鯉だ。 誰が放したのか知らないが、水深が浅いところで背びれを出して泳いでいる。 これがかなりの尾数いるのだ。 この再生水はなかなかきれいで、鯉にはちょっと贅沢かもしれない。

Imgp9698 この10cmに満たない魚が実はうじゃうじゃいた。 メダカもかなりの数がいるのだが、これがこの周辺には一番多かった。 おそらくオイカワだと思いたいが、鯉の稚魚の可能性もかなり高い。 そのうち調べてみたい。Imgp9661

さて、今度はカルガモがいた。 こいつはあちこちにいるが、このカルガモは30cmまで接近しても逃げない。 どうもここに棲みついているようだ。 たぶん餌があるのだろう。 人間からも普通に餌をもらうので、この暖かい再生水の流れは居心地がいいに違いない。

Imgp9719 今回ちょっと驚いたのは、この渋谷から1駅の流れにコサギも来ていたことである。 小さな魚を採って食べているはず。珍しくサクラの枝に留まっていたが、さすがにカルガモと違って人間を警戒していた。

こんな感じで次々と引っかかるので、散歩が進まない。 それはいい散歩道である証拠でもあるのだが。

246号から100mほどで目黒区から世田谷区に入るが、川のほうは北沢川との分岐点(合流点)までは暗渠の下は目黒川である。

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2010年11月13日 (土)

暗渠探訪のこと -目黒川支流烏山川緑道 1-

暗渠を探訪している暇な人がほかにも沢山いることを知って驚いた。 洋泉社MOOKから出ている『消えた川をたどる 東京ぶらり暗渠探検』という本を大きな書店で見つけたのだ。 その中のいくつかの消えた川を知ってはいるが、このMOOKは実に深い。 で、手始めに地元に近い烏山川を再度歩いてみることから始めようと思ったのである。

Imgp9609 烏山川は目黒川の支流。 品川の天王洲運河で東京湾に注ぐが、河口から池尻大橋までが目黒川の名称。

国道246号線の上を首都高速3号線が走るが、今年大橋ジャンクションが完成した。 カタツムリみたいにぐるぐる回って地下に車が吸い込まれていく仕組みになっている。 これができてからは首都高3号線が慢性的な渋滞になってしまった。 道路設計のプランの甘さだと思う。 この場所をやむを得ず今年20回以上通ったが、99%渋滞している。 夜遅くてもだ。 おそらく3号線を神泉から三宿まで車線変更禁止にしてしまえば解決するはずなのだが、まだ何の話もない。 相変わらず手遅れなのが行政らしいところ。

文句はさておき、このジャンクションの脇から目黒川は暗渠になる。入り口(出口か)がこれだ。

Imgp9614 桜並木が246号線で終わるが、ここから大量の水が吐き出されている。

そういえば35年くらい前、中目黒に住んでいた頃、このあたりにポリドールのスタジオがあった。 沢田研二とかが出入りしてたんだけど、今は何も見つからなかった。

残念ながら目黒川は完璧な三面護岸で、豪雨になるとスレスレまで水位が上がることがある。そういうときの都会の川は本当に怖い。

で、この吐出し口のところで246号線を渡ると、そこには穏やかな風景が見られた。

Imgp9645 完全暗渠で緑道になっていて、ビオトープっぽく流れが作ってある。 そこには色々な生き物がすでに棲みついていて、小さな魚を制服の小学生たちが覗いていた。 ここが散歩のスタート地点である。

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2010年11月10日 (水)

豪徳寺のこと

Imgp0215 先日、世田谷の豪徳寺を初めて訪れた。 墓所が広いが、こんなすばらしい三重塔もあった。 いつも門前を通過するのに、これまで十数年立ち寄らなかったのは残念。

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2010年11月 8日 (月)

キンモクセイのこと

もう一月ほど前の散歩で撮った写真。 キンモクセイの花。 とても小さくて落ちるとヒトデの赤ちゃんが散らばっているみたいだった。

Imgp0208 9月から10月が開花期だからもう全部落ちちゃってるだろうな。

Imgp0207 どうも日本国内のキンモクセイは雄株ばかりらしい。

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