神田川を下るのこと -井の頭通りをくぐる-
明大裏からしばらく行くと、高圧線が頭上を走り、その下を井の頭線が通っている。大学が近いからか、やたらとランニング(ジョギング)をしている人を見かける。
井の頭線はガードの下をくぐるように歩道がついていて、それを過ぎると井の頭通り。ここでは珍しく、橋が道路と交差点のようになっていて贅沢にも横断歩道が2本ある。 橋の名前は神泉橋、井の頭線の神泉駅とは関係ないだろう。
井の頭通りというのは最近ついた名称で、近衛文麿(明治の首相)がここをよく通っており、彼が井之頭街道命名したらしい。 東京オリンピック前にそれが正式に井の頭通りという名称に指定されたという話が書いてあった。
井の頭通りの北側、和泉小学校と中学校の脇に大きな水道管が通っている。 上の話の間には井の頭通りは一般に「水道道路」と呼ばれ、水道埋設の道路だった。 武蔵境の浄水場から、大原の給水場へ上水を送る水道管が写真の太い管である。都会の地下にはいろんなものが埋まっているが、こうして表に出るのは珍しい。







鎌倉街道なるものは関東にはあちこちにある。この周辺では、五日市街道からこの神田川を渡り、上北沢へ抜ける道が今も鎌倉街道と呼ばれるが、甲州街道から南に行くとその名は消える。 一方、笹塚から井の頭線下北沢駅脇を抜ける道路も鎌倉通りと呼ばれる。 異なる道ながら同じように鎌倉へ続いたのだろう。神田川を渡す橋は鎌倉橋とある。 塚山公園脇にある。 塚山公園には縄文時代の遺跡がある。
この辺りにも野鳥は多い。 写真はハクセキレイ。 そして下の写真はヒヨドリ。
ヒヨドリの周りを目を凝らして見ると小さな虫が沢山飛んでいる。 ユスリカである。 神田川にはユスリカが多い。 夕方になるとダマになっていて、口に入ったりするからかなわない。
護岸の切れ目がある。 おそらく右側が古い。 左側は1972年という表記がある。 時代のある神田川の護岸はこんな風にところどころで模様や形が変化する。
今回の中間ゴールである永福橋。 高圧線が頭上を通っている。 この高圧線、東京では普通に家々の頭上を通っているが、実は西洋諸国ではこの下には人を住まわせないところが多い。 電波障害だけでなく、健康障害も報告されている。 しかし社会インフラが個人を軽視する東洋の国々ではあまり問題視されない。 だが、その下に住んでいる人には空中使用の名目か何かでいくばくかのお金が支払われているケースもあるようだ。 こういう問題を社会的に隠すのがこの国の政治の姿なんだよなあ。
神田川は環八をくぐる。 ここには横断歩道はないので一旦改札前まで階段であがり歩道橋を渡る。 駅前だから、幅広い横断歩道をつけてもいいように思うが車優先なのだろう。 この辺りは桜の名所。 春になると川面に垂れ下がるように咲き誇る。
この辺りの川床は写真のような井桁型になる。 この中に石などを詰めることで水を浄化しているのだろう。 透明度も高く、鯉も気持ちよさげだ。
線路をはさんで清掃工場の反対側に昔ながらの井戸があった。 水はちゃんと出る。 しかし井戸かどうかいぶかしい。 たぶん違うような気がした。
神田川のような開渠を歩いていると、時々写真のような大きな土管を目にする。 これは支流からの流れ込み。 増水時に川床を掘らないように、流れ出しはコンクリート敷きになっているのである。
流れ込みが支流でも小川レベルになるとこんな大きな穴が開いている。柏の宮公園近くの堂ノ下橋。 推測するに高速高井戸IC下を流れる多摩川上水から来ているのではないかと思ったが、どの調査本にも載っていない。 南から来る道はこっちに向かって下っているので、昔は短い支流だったと考えるのが適切かもしれない。道のつき方を見ていると高井戸インター下から流れているように思えてならないのである。 甲州街道高井戸の標高が45mでここが40mだから5mの標高差がある。 次回はここも探ってみよう。
(箕)
井の頭公園は桜の花見の名所。 だが、ソメイヨシノはもう寿命が迫っている。朽ちて池に倒れるのをかろうじて人間が防いでいる状態。接木によってハイブリッド化されて作られたソメイヨシノだから致し方ない。 次に植えるのは、エドヒガンやオオシマの原種に近いものにしてほしいと思う。
井の頭池の豊かな水が流出するのはまずひょうたん橋から。ひょうたん橋の下にさらに小さな池(ひょうたん池)があるが、何のためかはわからない。ここにはカワセミも営巣しているらしいが、小魚が豊富だからもっといてもいいと思う。聞いた話だとせいぜい数羽しかいないらしい。
ひょうたん橋はもしかしたら後々に作られたのかもしれない。 あるいは井の頭池に掛かる橋、弁天橋などと同じ扱いをすべきだろう。 一般に神田川の最初の橋はここから20mほど下流の「水門橋」である。
これが水門橋。 左岸に橋名の碑がある。 以前は丸太デザインだったが、いつの間にか石組みデザインに変わっていた。どうせなら最初の橋なのだから、本当の石組みの橋にしてほしかった。
井の頭池には当時多数の湧水があったらしいが、今はほとんどない。 上の写真が代表的な「お茶の水」といわれる湧水。 今でもとうとうと水が溢れているが、実際には汲み上げているそうだ。
とはいえ水はとてもきれいで飲めそうだ。 豊栄養でにごっている現在の池からは想像がつかないが、水は溜まるとにごりやすい。 流れる水はきれいに見える。
見るからに作られた感の強いものだが、水の流れを見ていると、そういう邪念は薄れていく。 水の神様弁財天に失礼をしたのに心を穏やかにしてくれたのはご利益か?
命の水を見る人は少ないが、紅葉のきれいな弁財天にお参りする人は沢山いた。 この弁財天は天台宗のお寺で、平安時代の建立。 やはり水があるところにははるか昔から人間の営みがあったのだと納得した。






































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