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2012年3月11日 (日)

3.11は王禅寺で黙祷のこと

あれから1年が経った。 いろんな場所でそれぞれが震災を体験した。 人間の本性もいろんなところで見えてきた。

犬一匹、猫一匹を救うことにも賛否両論がある。 何とかして救おうとする人がいれば、そんなことに血税を使うなという人もいる。 瓦礫を受け入れることを、感覚的な不安を理由に拒絶する人々。 本当は正しい情報と信頼性が必要なのにそれを確認しようともしないでヒステリックに反対する。 彼らだけが悪いのではなく、信頼を完全に失ってしまった政府や自治体に説明する能力も資格もなくなったからだ。今は「公」的なだけで嘘をついているとさえ思えてしまう哀しさがある。

心はお金では買えないんだよと子供に教えながら、安心をお金で買おうとする。 どこまで行っても人間って愚かだなあと思う。 安全は買えても安心は買えないのです。

伝えなければならないことは山ほどあるのに、国民には何の価値もない騙されたオセロの中島のことばかり伝える民放。 政官メディアの責任は誰も取っていないし、ほとんど何も変わっていない。 それに僕たちは気づかなければいけない。

でもひとりの人間として一番大事なことは、手の届くところにいる人々を大切にして、明日を見ながら今日を生きること。 3.11以降はそれに騙されないようにする知識を足して、生きることにしたい。

王禅寺で釣りをしながら2:46に黙祷。 王禅寺は東電の施設なのがちょっと騙されている感を伴うが、そういうしがらみは棚に上げて、釣りはいい。

栃木県の内水面で県が解禁を許可しないらしく、その署名をしてほしいと有志がひとりひとりに説明していた。 彼はそう言わなかったが、話の内容から、県が責任を負いたくないので解禁しないだけだとわかった。 偽の安全を売って、川を取り巻いて暮らす人々のこころを踏みにじっている。 もちろん署名した。

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釣り池のほとりに野良猫が来ていた。 野良猫だって生きているのだ。

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