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2015年11月29日 (日)

六本木~三田の坂 (5)

麻布山善福寺を出て仙台坂下から首都高速2号目黒線をくぐると三田の丘である。 高速の下には古川が流れている。 古川は渋谷区内では渋谷川と呼ばれるが、港区に入ると古川と名を変える。 麻布十番脇が一ノ橋、上流に行くに従って、二ノ橋、三ノ橋、古川橋、四ノ橋、五ノ橋と数字が増えていく。 仙台坂下からの道は二ノ橋を渡る。 その先が日向坂である。 つまり古川の河岸段丘の坂ということになる。

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江戸時代前期に私の郷里の長州徳山藩毛利日向守の屋敷があったので日向坂と呼ばれた。 別に袖振坂とも言ったらしいが由来は不明。 坂の上の南側はオーストラリア大使館。 ここのおまわりさんはのんびりとしているように見えた。 ご苦労様です。

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日向坂上の交差点から北に下るのが神明坂。 坂を下りきったところに元神明神社がある。 元神明神社は天祖神社。  創建は1005年というから1000年を超えている。  天祖神社と神明神社の関係はどちらも天照大神に由来する。 天照大神を主祭神とする神社は、概ね天祖神社、神明神社、皇大神社の名で呼ぶ事が多い。 総本社は伊勢神宮である。

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神社の北側にそびえるのは38階建のシティタワー麻布十番。 港区には30階建以上のビルがいくつあるのだろう。 このビルは2009年に竣工、502戸の住宅が入っている。 高層ビルと1000年の歴史を持つ神社の共存、できれば祭りなどもにぎやかにやってほしいが、外国人投資家の投資物件だったりすると残念だ。

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一旦神明坂上まで戻り、三田方面へ向かう。 右手に三井倶楽部のレトロな塀と建物が見えてくる。 大正2年にできた三井財閥の迎賓館。  私の様な庶民には無関係に思えた。 この三井倶楽部の角を下ると、一級品の坂道である綱坂の下りになる。

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坂の途中にイタリア大使館。 坂下には慶応大学三田校舎。  綱坂の由来は平安時代中期の渡辺綱(源綱)がこの辺りで生まれたという言い伝えによる。 渡辺綱という人物は羅生門の鬼の腕を京都一条戻橋の上で切り落としたという伝説で有名。 まんが日本昔話でも取り上げられた。 切り落とした腕を7日目に鬼が取り返しにくるという結末だった。

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再び綱坂を上り坂上から三田方面へ下る。 そこは綱の手引坂という坂。 綱が手引坂と呼ぶ場合もある。 渡辺綱が幼少のころ、乳母に手を引かれてこの坂を歩いたという話。 まあ伝説というか、後世の与太話だとは思うが。

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坂を下って左折し芝公園へ。 目的は芝丸山古墳。 前方後円墳の名残がある盛土の古墳で、4世紀~5世紀の築造。 長辺は100mを超える大きな古墳である。 が詳しいことはほとんどわかっていないようだ。 この1500年前の古墳から見る東京タワーは格別だった。

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