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2016年1月10日 (日)

文京区小日向の坂 (1)

陽差しも低くなりいよいよ冬至が近づいてきたと感じる12月中旬の空の下、今回は江戸川橋駅を降りて小日向の坂を歩く。 小日向には坂道好きには堪えられない魅力的な坂がいくつもある。 今回は最初から一級品の坂道にアプローチ。

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城址の様な荘厳な石垣の脇からクランク状に上って行くのは鷺坂。 都市景観賞とまで謳ってあったが十分に値すると思う。 クランク度合いも違う世界に入っていくような錯覚を覚えさせそうな名坂だ。この石垣は元々下総関宿藩主の屋敷だった。 関宿は千葉県と茨城県の県境となる利根川と江戸川に挟まれた地域。 千葉の最北端にあたる。

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坂のクランクの所に案内板と石柱がある。 明治に関宿藩主の屋敷が住宅地に開発された折に堀口大学・三好達治・佐藤春夫らが命名した坂名。 そういえば佐藤春夫はこの鷺坂から見て護国寺参道の向こう側に住んでいたし、三好もこの辺りだったようだ。

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鋭角に切れ込むクランクは車で通るにはある程度の技術が必要になるだろう。 鷺坂はこの先もさらに高度を上げていく。 そして八幡坂の中腹に出る。 八幡坂は坂下の今宮神社から台地の上に上る坂。 クランクの角で鷺坂と出合うので上部は鷺坂と間違えそうだが、上部も八幡坂である。 今宮神社に下りる。 ここにはその昔田中八幡宮があったのでこの坂を八幡坂と呼ぶらしい。

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八幡坂は階段の坂。 前述のとおり上って行くと右手からくる鷺坂を合わせて左折する。 そこからもまだ階段の坂になる。

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この八幡坂の上もまた関宿藩主の久世氏の屋敷跡。 昔の大名の屋敷は学校程度の広さがあるから、現代の東京のマッチ箱に住む我々には想像が付きにくい。 八幡坂の坂上までは車が下ってくるが道幅は2m以下でとても狭い。ちょうどやってきた車はあまりの狭さに通れないだろうと思いきや、ミラーを倒して通るという離れ業をやってのけた。 地元の住民の慣れた感じの運転に感心した。

八幡坂をそのまま進むと左に鳩山会館がある。 ブリジストンで財を成した鳩山家の屋敷。 昭和中期の総理大臣鳩山一郎と共立女子大理事長の寺田薫(寺田栄の娘)が結婚して、その長男鳩山威一郎(元外務大臣)がブリジストン創始者石橋正二郎の娘安子と結婚。 この安子が鳩山由紀夫と邦夫に毎月1,500万円の巨額の小遣いをくれた母。 一言でいえばとんでもない金持ちだ。

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鳩山会館の先を進むと鼠坂の坂上に当たる。 ここから一旦鼠坂を下るが、この鼠坂がまた素晴らしい。  鼠でないと登れないくらいきついので鼠坂と呼ぶと記録したのは森鴎外。 別名を水見坂というがこれは音羽谷を流れていた弦巻川の流れを眺めながら下る坂だった為の名前。 上から見た風景は下の写真。

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いやはや名坂が集中しているのがこの音羽の久世山地域。 久世山というのは先述の関宿藩主の久世氏の屋敷の山なので地元でこう呼ばれる。 この音羽の谷はなぜか深い。 江戸時代の弦巻川がどんな流れだったのか興味深い。 その源流は池袋駅東口ロータリー辺りなのである。

<2015/12/12>

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