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2016年2月 4日 (木)

本郷の坂 (3)

本郷三丁目の交差点から本郷通りを南へ歩く。  丸の内線の駅があるコーナーのビルはかねやすビル。 江戸時代に「本郷もかねやすまでは江戸の内」と詠われたが、やはりこの辺りが江戸時代には東京の北の端と思われていたのだろう。 かねやすは歯磨き粉を売っていた店だった。

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本郷通りと壱岐通りのぶつかる壱岐坂上を南側に渡り、そこからは東京都水道歴史館への案内に従って歩く。 この歴史館は無料だが面白い。 休日もやっている。 江戸時代の水にまつわる様々な展示がある。

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写真は明治初年の御茶ノ水駅付近、まだ鉄道はなし。 橋は掛樋(かけひ)で水道橋である(明治34年に撤去)。 何度も話に出てきた神田上水から江戸の町内に水を送る橋。 徳川の街づくりの凄さを感じられる。 そしてこの川も、実際には川ではなく、徳川秀忠が伊達政宗に掘らせた神田川の放水路である。 これによってもとからあった本郷台地はぶった切られ、駿河台と本郷台に分れた。 この写真1枚だけでも当時の江戸が世界最先端の街だったことがわかる。

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水道歴史館を観た後はそのまま御茶ノ水方面へ下り、順天堂大学の渡り廊下の下をくぐる(今回は工事中だった)。 ここがわずかの高低差だが油坂(揚場坂)という坂。 油坂の由来はわからないが、揚場坂は神田川(放水路)に船をつけて荷物の揚げ降ろしをする場所だったことに由来する。

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神田川に沿って走る外堀通りを右折して、順天堂大学の西側の路地に入る。 この坂が富士見坂。 同名の坂が都内には数多あるが、南向きのこの坂がなぜ富士見坂なのか首をかしげる。 富士山は西にあるのに。

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富士見坂のひとつ西の路地が建部坂である。 西側は元町公園になっている。 元町というのはかつての本郷元町、もとはこの辺りは本郷村という江戸のはずれの村だった。 最初は弓を扱う同心の組屋敷だったが、それが大塚に移され、家康の故郷である三河から移って来た町人がここに住みようになった。  最初にこの辺りにできた町屋の拝領地だったので本郷元町となったらしい。 この元町公園が江戸時代は建部六右衛門の屋敷だったので建部坂と呼ばれた。 別名初音坂。この辺りの岸沿いには樹木が茂り最も早くにウグイスが鳴いたので呼ばれた。 ちょうど公園の前くらいにお茶の水の掛樋があった。

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元町公園前から水道橋方面へ緩やかに外堀通りの下り、これがお茶の水坂。 かつてここにあった高林寺に美味しい湧き水があり、将軍に献上したのでそれが地名となりお茶の水となった。 (高林寺は本駒込駅近くの向丘2丁目に移転)

お茶の水坂を下ると後楽園、あの一帯は黄門様の水戸藩の屋敷だったが、その広さは小石川後楽園+東京ドーム一帯、よく東京ドーム何個分という表現をするが、広さでいうと4個分くらいある。 それだけ広いのが江戸時代の大名屋敷。 旗本屋敷でも下手をすると普通の運動場付きの学校よりも広いのである。

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