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2016年7月19日 (火)

曙橋~東新宿の坂 (1)

曙橋駅西側の住吉町交差点で靖国通りから北西に分れる大通りがある。 いきなり上り坂になる。 台町坂だ。

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市谷台町という町名にちなんだ坂名。 坂上のビルの谷間に青峰観音がひっそりと建つ。 この場所は明治大正期には「市谷監獄」(のちに市谷刑務所)があった場所。 監獄で刑死した人の霊を弔う。

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坂上を右に鋭角ターンして路地に入るとその先に安養寺坂の下りがある。 坂上の公園脇と坂下に標識柱がある。 「安養寺坂は念仏坂(後述)の少しく北の方を西に大久保余丁町上る坂道を言ふ。傍らに安養寺あるに因れり。」とあるが、その先に気になる記述があった。「安養寺は(中略)…もと市谷左門町富士見坂のあたりにあった。そこが明暦2年(1656年)に尾張藩上屋敷となるため現在地に移転した。」とあるなかの富士見坂を自分は知らない。 書物を読み返すと横関英一氏の『江戸の坂東京の坂』に無くなった坂の記述があり、この富士見坂は今の自衛隊の中にあったようだ。

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安養寺坂を下ると曙橋通り商店街。 少し南に下って左手に現れるのが念仏坂の階段。 この階段はちょっと有名。 曙橋のシンボル化しているかもしれない。 説明板には「昔、この辺りに老僧がいて昼夜念仏を唱えていたことに因むという。またこの坂は左右を谷に臨み、屈折していて危険だったので、仏名を念じて昇り降りする人がたことに因むという」とある。 結構急な階段だが、往来は多い。

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上から望むと高所恐怖症の人はちょっとだめかもしれない。 結構急角度の階段になっている。 階段上の台地は日当たりもいい。 しばらく北に歩く。 東京女子医大を目指す。

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東京女子医大は大きな病院だ。 特に写真の1号館は渋い。 1930年(昭和5年)の竣工のレンガ造り5階建。 見た目だけは間違いなく腰から下のない幽霊が廊下を這っていそうだ。 戦火をまぬがれたんだろうなと感心しながら見上げた。

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若松河田駅の通りに出る。 ここから西にゆったりと下る坂が団子坂である。 団子坂は急坂が多いのだがここは緩やか。 説明柱には「昔この辺一帯が低湿地であり、この坂はいつも泥んこで、歩くたびに足が泥団子の様になったという。」とあった。 泥だらけの団子坂というパターンもあるのだ。

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そのまま新宿方面へ進むと、台町坂からの大通りに合流する。 その角にあるのが厳島神社抜弁天。 由来は古い。 白河天皇の時代、応徳3年(1086年)源義家は後三年の役で奥州征伐の途上この地に立ち寄り、遠く富士を望みつつ安芸の厳島神社に勝利を祈願した。義家は奥州鎮圧の後に再び立ち寄り、御礼にここに神社を建てたのが始まりらしい。

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江戸時代になると参道は南北に抜けられて、それを苦難を抜けるとかけて、抜弁天と称して庶民から親しまれた。 神社の説明板にある古地図が面白い。 南北が逆に南を上に描かれているが、江戸末期の歌舞伎町が地図の右上。 そこから川が戸山町方面に流れ下る様子が描かれている。

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