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2016年7月27日 (水)

飯田橋・神楽坂の坂 (1)

神楽坂周辺は坂が多い。 神楽坂はほぼ尾根筋にあたる。 北側には神田川が流れていて広い谷を形成している。 南側は外堀だが、元は新宿を源頭とする川である。 今回は飯田橋駅から大久保通りを北西に進む。 地下には大江戸線と東西線が走っている。右手にJCHO東京新宿メディカルセンターがある。 一昨年までは東京厚生年金病院という名前だった。 その先大久保通りが曲がっている交差点に東から新しい道が出来ていた。 後楽園前から繋がる新しい道だ。 まだ通行はできない。

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道路の先に見えるビルはベルサールのある住友不動産ファーストタワー。 昔は霞が関ビルだけだった高層ビルも今では数え切れないほど林立している。 そして振り返ると右手にはこんもりと高台になったところがある。

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築土八幡神社である。 とても古い神社で、1200年前の嵯峨天皇の頃、武蔵国豊嶋郡(こおり)牛込の里に大変熱心な八幡神を信仰する翁がいた。 ある時、翁の夢に神霊が現れて「お前の信心には感心した」といい、目覚めると傍らの松の木の上に天から細長い雲が下りてきて、その雲の中から白鳩が現れ枝にとまった。 翁はこれを村人に話し、その松に注連縄を張り祀った。

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その後伝教大師がこの地を訪れたときにこの話を聞き、神像を彫って祠に祀った。その時に九州の宇佐の宮土を持ってきて礎としたので、築土八幡神社(つくどはちまん)と名付けた、というのが神社の由来だ。 上の絵図は江戸時代の様子、右上の山塊はおそらく筑波山。

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境内には珍しい庚申塔がある。 写真右手のもので、寛文4年(1664)の奉納。 舟形の庚申塔には、上部に日月、中央には一対の猿と桃の木で、このデザインは極めて珍しい。

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神社の境内の裏口はそのまま路地へつながっている。 左に曲がり大久保通りへ下りる道が御殿坂。 江戸時代、築土神社の西側は御殿山と呼ばれ、三代将軍家光が鷹狩の際に仮御殿を設けたので御殿山、そこの坂なので御殿坂である。

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大久保通りに下りたら再び御殿坂を坂上に戻りそのまま境内裏口を過ぎると再び下り坂になる。 これが芥坂(ごみざか)で標識はなかった。 記録によると昭和の中頃までここはゴミ捨て場になっていたようだ。  この先は神田川になるが、神田川を江戸時代は江戸川と呼んでいた。  今もその名は江戸川橋の呼び名で残っている。

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