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2016年7月26日 (火)

市谷~神楽坂の坂 (5)

地蔵坂の坂下で神楽坂に出合う。 左へ行くと神楽坂上の交差点になるが、賑やかな神楽坂下へ向かう。 フランス人学校があるのでもともとフランス人が多かったが、最近はダイバーシティが深まった。

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坂の上に善国寺、毘沙門天で有名。 赤い山門がひときわ目立ち女性客が多い。  坂名の由来は坂の途中にあった高田八幡(穴八幡)の御旅所で神楽を奏したから、また津久戸明神が移って来たときこの坂で神楽を奏したから、はたまた若宮八幡の神楽が聞こえたから、この坂に赤城明神の神楽堂があったから、など様々である。いずれにせよ御神楽と関係があるらしい。 江戸時代はもっと急な坂だったが明治以降なだらかになったようだ。

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かつて穴八幡があった辺りの路地を入る。 上島珈琲の向かいの路地である。 すぐに二手に分かれるがここは左折して料亭脇を下ると、風情のある階段の坂。 熱海湯階段とよばれるのは、階段下に今でもある古風な銭湯熱海湯があるから。 江戸っ子御用達でお湯は熱いらしい。 この辺りの路地は実に風情があって神楽坂らしいので、散策にお勧めだ。

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地蔵湯階段から再び神楽坂に戻り、坂上に路地二つ分進み、本多横町へ入る。 江戸中期より明治初めまでこの通りの東側全域が本多家の屋敷だったのが由来。 この本多横町が神楽坂の三年坂である。 神楽坂から築土神社まで下って行く。 この一角は昔は武家屋敷が立ち並んでいたが、今は風流な料亭が立ち並ぶ一角になっている。

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写真の様な料亭の塀に囲まれた路地は素敵だが、さすが神楽坂である。こういう路地にハイヒールの女性たちがどんどん入ってくるが、特に本多横町から神楽坂上の一角が楽しい路地がある。

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神楽坂を一本外れると、そこはビジネス街の様相を呈するエリアになる。 飯田橋ラムラに向かって下って行く坂が軽子坂。 軽子とは軽駕籠持ちの略称で、今の飯田橋ラムラの所に船着き場があり、船荷を軽籠(縄で編んだもっこ)に入れ江戸市中に運搬することを生業にした人がこの辺りに多く住んでいたので、そう呼ばれるようになった。

ラムラの前の外堀通り歩道に石碑がある。ここは牛込揚場といって、全国から集まった米や味噌、醤油、材木などを、ここで荷揚げした。

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軽子坂下には老舗の名画座であるギンレイホールがある。 1975年に上京し、ここで何度となく名画を見た思い出がある。 たしか「ウッドストック」もここで見たのが初めてだった。 当時はもっと学生っぽい街だったが、今はまったく変わってしまった。

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