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2016年11月 3日 (木)

幽霊坂(千代田区駿河台)

幽霊坂と呼ばれる坂は都内のあちらこちらにある。 別名を除くと都内に7坂を数える。 屋敷林に覆われて暗い坂は概ね幽霊坂とか闇坂、暗闇坂などと呼ばれることが多い。 現在の駿河台の幽霊坂は明るい坂で、ワテラスタワーとソラシティの間の綺麗な坂道である。

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坂の上をガラスの渡り廊下が通る、近代的というよりも未来的な風景だが、江戸時代には紅梅坂から続く、屋敷林の鬱蒼とした暗い坂道だった。 坂名の標柱には以下のように記されている。

「この坂を幽霊坂と言います。もとは紅梅坂と続いていましたが、大正13年(1924)の区画整理の際、本郷通りができたため二つに分かれた形となりました。『東京名所図会』には〝紅梅坂は往時樹木陰鬱にして、昼尚凄寂(せいじゃく)たりしを以て俗に幽霊坂と唱えたりを、今は改めて紅梅坂と称す。″と書かれています。また古くは光感寺坂(こうかんじざか)とも埃坂(ごみざか)などとも呼ばれていたこともあるようですが、一般には幽霊坂の名で通っています。」

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なるほどここで折れているのは元の道ではなく真っすぐにニコライ堂の前の道につながっていたのかと納得した。 しかし本郷通りを挟んだ紅梅坂は少しズレているのがやはり疑問。 そこで古地図を調べてみると、江戸時代の道はちゃんとここで折れ曲がって、クランクになって紅梅坂につながっていた。

武家屋敷の辻が曲がっているのは城下町には普通に見られることだが、ここのクランクは戦略上のものではなさそう。 また切絵図には幽霊坂には雁木の印があり、階段状の坂道だったことが分かる。 坂の南側一帯は、福井県の若狭小浜藩10万石酒井家の上屋敷(7,730坪)だった。 こういう大きな武家屋敷の塀沿いは得てして暗かった。

photo: 2016/6/18

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