紅梅坂(千代田区)
紅梅坂は本郷通りに分断された幽霊坂の西側の残りの坂道である。 坂道の途中にある標柱には次のように記されている。
「この坂を紅梅坂といいます。このあたりは紅梅町と呼んでいたのでこの坂名がつきました。淡路町に下る幽霊坂とつながっていましたが、大正13年(1924)の区画整理の際、本郷通りができたため二つに分かれた形になりました。『東京名所図会』には〝東紅梅町の中間より淡路町二丁目に下る坂あり。もと埃坂と唱えしに、維新以後、淡路町の幽霊坂と併せて紅梅坂と改称せり″と書かれています」
微細な部分は諸説があるが、こちらはほんの十数mの坂道が残るだけである。
紅梅坂の南側には有名なニコライ聖堂がある。 ビザンチン様式のドームが特徴的で、ギリシャ正教会の日本の総本山。 明治の中頃、ニコライ大司教が建設したのでその名がある。 見栄えと特徴のある建物なのだが、江戸時代はこの場所は定火消の屋敷があったところ。 ロシアから来たニコライは明治に入って1872年にこの土地を購入し拠点として活動した。
関東大震災(1923)の時にドームが崩落したが、その後1929年に再建されている。 昔は高いビルがなかったのでどこからも見える聖堂だったが、近年はビルに埋もれた感があるものの、近くに行くとなかなかの存在感がある。
戦前生まれの世代には懐かしい藤山一郎の「ニコライの鐘」という流行歌は当時の雰囲気を伝えてくれる。
photo: 2016/6/18
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