安全寺坂(三田)
面白い名前の寺があったものだ。現在はもう存在しない。江戸末期の地図にもない。どうやら江戸の初期にあったようだ。 しかし400年も昔の寺の名前が今に残るのは大したものだと思う。 江戸期にはこの辺りは寺だらけだった。にもかかわらず安全寺坂という名前が残ったことに感心する。
標柱には「坂の西に江戸時代のはじめ安全寺があった。誤って安珍坂、安楽寺坂、安泉寺坂、などと書かれたことがある」とある。 相変わらず簡素な説明だ。坂は直線的に下り、桜田通りに出る。正面は慶応大学三田校舎。
安珍坂という別名は、安全坂につながる蛇坂と混じって、安珍清姫の話とこんがらがって呼ばれたものと思われる。 このへんは江戸っ子のそそっかしさが出ていて面白い。
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