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2017年4月18日 (火)

北坂(根津坂)

笄橋の話でこの笄川がかなりの流れでとても渡れない川だったという古の話を書いたが、地形に残る笄川はいくつもの源流を集めて西麻布付近で大きな流れになっていたであろうことが断裁陰影図から想像できる。

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現在の外苑西通りが本流。乃木坂からも支流が流下する。西側は現在の根津美術館の池が源流に近い。そこから流下した谷に沿って北坂(姫下坂)が通じた。 北坂の名前は笄坂の北側にある坂の意である。

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江戸時代には大名屋敷わきの路地レベルだったが、大正期になって表参道とつながることで交通量の増えた坂である。根津美術館ができてからは坂に沿うように緩やかに湾曲する塀がとてもきれいな坂。江戸時代は秋月佐渡守の屋敷。宮崎県日向の高鍋藩の殿様である。

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明治になってからは実業家の根津氏の邸宅になったので、根津坂。しかし昔の北坂がはっきりしないのでここを北坂と呼ぶ説もある。北坂と呼ばれる所以は、古文書でどちらも北坂とあるものがあるかららしいが、江戸以前にさかのぼるとこの台地周辺は長者丸と呼ばれた場所。牛坂で書いた長者の恋物語の領地。長者の娘は駕籠に乗らず歩いてここから下って逢瀬に赴いたので、姫下坂の別名もある。

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坂の南側、笄坂の坂上との間には広い寺がある。曹洞宗永平寺別院の長谷寺(ちょうこくじ)である。江戸時代の始まる直前1598年の創建だが、江戸の切絵図にはとても大きく描かれている。有名人の墓も多く、坂本九、エノケン、黒田清輝らが眠っている。

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