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2017年4月30日 (日)

永坂(麻布)

以前に更科蕎麦の発祥について書いた。 江戸の老舗というと藪蕎麦、砂場、更科が有名。 そのうちの更科は麻布の蕎麦。 その麻布の更科蕎麦には3つの老舗があり、その一つが永坂更科布屋太兵衛。その本社は首都高環状線の麻布十番とは反対側にある。

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本社脇にいかにもの石碑がある。また近くには古い案内看板もあり、麻布十番の入口角が協和銀行となっていて歴史を感じる。(協和銀行は1991年に埼玉銀行と合併し今はりそな銀行になっている)

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その永坂更科本社から道路を渡ると永坂である。高速道路とその下の麻布通りの建設に伴って、永坂は真ん中をぶった切られてしまった。そのため坂下の一部と坂上の一部だけが今は残る。坂下は50mほどしかない。

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坂の中央部のほとんどが麻布通りに吸収されている。首都高の飯倉出口あたりで永坂の上部が左に分岐するように残っている。

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永坂はとても長い坂なので江戸の前期には長坂といわれていた。それが享保年間(1716~1736)辺りから永坂となった。 永坂にはお亀だんごの言い伝えがある。 麻布永坂の浪人が品川沖で子亀を釣り上げたが、珍しい亀で多くの人が見物に来るようになった。知恵者の女房が郷里から米を取り寄せて団子を作り見物客に売って大儲けをしたという話である。

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永坂を坂上から振り返ると、かつては本当に長い坂だったことがわかる。坂上は六本木交差点から飯倉への大通り(外苑東通り)で、この通りは江戸時代と道筋が変わっていない。

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