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2017年5月20日 (土)

道源寺坂(麻布台)

近年大変貌を遂げている六本木一丁目駅周辺。 世紀の変わり目である2000年12月12日に大江戸線が開通し都営地下鉄の六本木一丁目駅ができた。それ以前から全日空アークヒルズはあったがどの駅からも若干遠さを感じざるを得なかったが、ジャンクションの真下にできた駅はその後の開発を加速させた。

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その中でひっそりと江戸情緒を保っている坂道がこの道源寺坂。 上の写真は2011年冬のもので、当時は右側のアークヒルズサウスタワー(20階建)が工事中だった。鉄骨と仮説囲いが風景の邪魔だと感じた。

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坂下の西光寺と坂上の道源寺の間をくねりながら登っていく坂の景色に、右側から迫ってくる工事の養生設備が難儀だった。この坂道は江戸時代は赤坂方面からの重要な道路で、かつ昭和までは箪笥町と谷町を分ける境界でもあった。坂の上下にある標柱には、「江戸時代のはじめから坂の上に道源寺があった。その寺名にちなんで道源寺坂、あるいは道源坂と呼んでいた。」とある。

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上の写真が2017年の景色である。 初夏なので樹木と蔦の生い茂る坂になり、2013年に竣工したサウスタワーのグリーンゾーンもあって若干ましになったが、標柱は植え込みの中に移設されてしまいそう遠くないうちに埋もれてしまいそう。区の仕事としては間抜けている。

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坂上道源寺山門とその門前のケヤキ。このケヤキが残されていたのはうれしいことだった。これがあるとないとでは景色は全く違う。目の前には首都高速環状線と3号線のジャンクションがあってひっきりなしに車が通るので静かではない。

坂上には大正9年から終戦にかけて小説家の永井荷風が「偏奇館」という木造2階建の独居を建てて執筆した。 ペンキ塗りの洋館だったのでもじって名付けたという。ただ昭和20年の空襲で焼失した。 荷風は軽佻浮薄な日本近代を憎み、市井に隠れて、滅びゆく江戸情緒に郷愁を見出すという思想と作風だったという。 それにこの坂道はとても似合っている。

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