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2017年6月 4日 (日)

神明坂(三田)

オーストラリア大使館と三井倶楽部の間の信号交差点を北に下るのが神明坂。 交差点そばには龍原寺があり、脇に志ほあみ地蔵尊がある。子育てと延命にご利益があるらしく沢山の千羽鶴と提灯が飾ってあった。寺の向かいには立派な石垣がある。かんぽ生命の本館敷地の石垣だが、かつては簡易保険局だった。

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簡易保険局は江戸時代は筑後久留米藩の有馬家の上屋敷で、今の三田1丁目の半分以上が敷地だった。かつてはこの辺りは芝赤羽町と呼ばれた。安産の神として有名な日本橋の水天宮はその昔は有馬家の上屋敷の中にあったため人気に反して参詣は難しかった。 あまりの人気に5の日のみ解放されると奉納物だけで年間2000両にも達し、有馬家は財政難を乗り越えることができたという。 明治になって有馬家が移転し、いったん赤坂に鎮座したが、その後中屋敷のあった日本橋蛎殻町へ移転し今に至るというわけである。

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神明神社は元神明として江戸期の切絵図にも描かれている。石碑には天祖神社とある。 創建は1005年(平安時代)。渡辺綱の産土神でもあり、かつ前述の水天宮も分祀されている。元神明宮というのはここから移転したのが芝大神宮(芝大門)で、その元の神社であるためだと思われる。

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坂の上下の標柱には、「天祖神社を元神明と呼ぶところから神明坂と呼んだ。馬場坂という説もあるが、綱の手引き坂との混同があるらしい。」と書かれている。

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