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2017年7月10日 (月)

新五段坂(牛込)

現在曙橋から早稲田鶴巻町に続く外苑東通りの曙橋から牛込の区間、江戸の切絵図を見ると鉄砲場と尾張藩の馬場になっている。 現在自衛隊になっている東側一帯は尾張藩屋敷だったので、この辺りは尾張徳川家の街という事になる。

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江戸時代はこの外苑東通りよりもさらに1本西の路地までが道幅だったと思われる。「新五段坂」の場所については諸説がある。 荒木町の車力門通りから北への道だという説を唱える人もいる。 標柱もないこの広い新五段坂も時代と共に埋もれていくのかもしれない。

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市谷本村町の防衛省の敷地は前述のように江戸時代には尾張藩邸。尾張藩の藩士たちが居住する武家長屋「五段長屋」がこの辺りにあり、その前の坂は「五段坂」と呼ばれたという。明治維新後に跡地は陸軍となり、陸軍士官学校の構内に取り込まれてしまい、実質五段坂は消滅、現状はこの自衛隊敷地の西側に作られた坂が「新五段坂」と呼ばれている。

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