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2017年7月31日 (月)

逢坂(神楽坂)

神楽坂はフランス人の街である。実際に多くのフランス人が住んでいる。フランス人が増える元となった旧日仏学院脇の坂が逢坂である。辺りは東京理科大とフランス語っぽい名前のマンションで囲まれている。下の写真の塀の先の白い建物が日仏会館(現在フランス語学校アンスティチュ・フランセ東京)である。

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結構な勾配がある。 フランスのモンマルトルを彷彿とさせる坂道である。 坂の標柱には、「昔、小野美佐吾という人が武蔵守になりこの地に来た時、美しい娘と恋仲になり、のちに都に帰って没したが、娘の夢によりこの地で再び逢ったという伝説に因み、逢坂と呼ばれるようになったという。」と書かれている。

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いっぽう坂下には築土神社があり、ここには堀兼の井という古井戸がある。こちらはいささかおどろおどろしい。

「堀兼の井とは、「堀りかねる」の意からきており、掘っても掘ってもなかなか水が出ないため、皆が苦労してやっと掘った井戸という意味である。堀兼の井戸の名はほかの土地にもあるが、市谷船河原町の堀兼の井には次のような伝説がある。

昔、妻に先立たれた男が息子と二人で暮らしていた。男が後妻を迎えると、後妻は息子をひどくいじめた。ところが次第にこの男も後妻と一緒に息子をいじめるようになり、いたずらをしないようにと言って庭先に井戸を掘らせた。息子は朝から晩まで素手で井戸を掘ったが水は出ず、とうとう精魂尽きて死んでしまったという。」

現代にも時折そういうニュースはあるが、話を読んだだけで込み上げるものがある哀しい話だ。

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