芥坂(飯田橋)
芥坂(ごみざか)という坂名は多い。江戸時代の街の恥部と言える。坂があるとその崖下にゴミを捨てる。芥坂は坂の途中に崖がありゴミを投棄するのに持って来いだった。しかし無法地帯ではなく、その町内の負担でゴミは定期的に船着き場まで運ばれ、江戸湊の埋立に使われた。この歴史は今も変わらず、中央防波堤の埋立は江戸時代と同じことをやっているわけである。
筑土八幡境内から神楽坂方面へ降りるのが御殿坂ならば、小石川を目指して神田川(江戸時代は江戸川と呼ばれた)に下るのが芥坂である。昔はもっと狭い静かな坂だったが、マンション建設が進んで明るい坂になった。
坂下から見上げると、筑土八幡神社の社殿が見える。 江戸時代は武家屋敷が並ぶ中に、筑土八幡と萬昌院があったが、萬昌院は1914年(大正時代)に中野区に移転までここにあった。
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