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2017年8月30日 (水)

高田八幡男坂・女坂(早稲田)

穴八幡宮の元の名前は高田八幡宮。 江戸時代は与力の射術の訓練のために的場が開かれ、流鏑馬も有名である。 康平5年(1062)に源義家が東国平定から凱旋の折、ここに兜と太刀を納めて八幡宮を祀ったのが始まりとある。

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江戸以前にこの辺りが戸塚村と呼ばれていたのは、兜塚が由来だと伝えられる。寛永18年(1641)南側の山裾を切り開いたところ、神穴が出現したことから穴八幡宮と呼ばれるようになった。将軍家にも保護され、牛込全体を氏子の域として認められ隆盛した。

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馬場下町正面の急な階段が男坂である。 平均斜度25度の階段は愛宕神社ほどではないが圧迫感がある。 しかしほとんどの人が女坂ではなくこの男坂の階段を上り下りしている。一方の女坂はひっそりと南側に付けられている。

高田馬場の地名の由来はもちろんここに馬場があってのこと。流鏑馬は享保13年(1728)に徳川吉宗が世継ぎの疱瘡の平癒祈願のために穴八幡宮に流鏑馬を奉納したのが起源。いまだに都内で伝えられている流鏑馬として有名である。さて「たかだのばば」か「たかたのばば」かについては混在しているが、地名的には濁るほうらしい。

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