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2017年10月22日 (日)

牛坂(小石川)

安藤坂のカーブは大曲というようです。 安藤坂を下って大曲で左の路地に入ります。 市電が通るまではこちらがメインルート。 路地に入ると正面に北野神社(牛天神)の急峻な階段が見えてきます。鳥居は階段の上、階段下には「北野神社」と彫られた大きな石塔と竹製の門があります。 竹製の門の上部は丸く穴があけられ、そこに提灯が下がっていました。「牛」「天」「神」の3つの提灯が印象的。

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階段は昔からの石組み。 コンクリートに比べて踏んだ感触はいささかいびつですが、この感触は昔の人が感じたものと同じだと思うと感慨深いものがあります。 これだけの高低差は神田川(江戸川)が小石川の台地を削っでできたものでした。

牛天神からの眺めは現在でもなかなかのものがあります。 葛飾北斎の富嶽三十六景の中の唯一の雪景色が『礫川雪ノ旦(こいしかわゆきのあした)』で牛天神にあった茶屋からの富士の眺めを描いています。崖下に見える江戸川(神田川)が想像以上に広いですが、鎌倉時代辺りまで遡るとほぼ入江だっただけにあながち誇張ではないでしょう。

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牛天神北野神社は元暦元年(1184)の源頼朝の創建と伝えられます。境内には『ねがい牛』という自然石が祭られており、撫でると願いがかなうといわれます。牛天神の裏にある道が牛坂。 牛天神と古い石垣に挟まれた名坂です。
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坂の途中に説明板が立っています。

「北野神社(牛天神)の北側の坂で、古くは潮見坂、蛎殻坂、鮫干坂など海に関連する坂名でも呼ばれていた。 中世は、今の大曲あたりまで入江であったと考えられる。牛坂とは、牛天神の境内に牛石と呼ばれる大石があり、それが坂名の由来といわれる。(牛石はもと牛坂下にあった) 

『江戸志』には、源頼朝の東国経営のとき、小石川の入江に舟をとめ、老松につないでなぎを待つ。その間、夢に菅神(菅原道真)が牛に乗り衣冠を正して現れ、ふしぎなお告げをした。夢さめると牛に似た石があった。牛石がこれである、と記されている。」

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再び安藤坂に戻り、かつての小石川区役所の敷地が更地になっているのをいいことに牛坂を遠望してみました。 小石川区役所はその後小石川保健所となりましたが、今は文京区役所に移転し、ここは更地になっています。ここから見える牛坂はなかなかの坂でした。

この坂下まで入江だったというのは、ここまで潮が上がってきたという事。源頼朝はここに舟を着けて牛天神を開いたと伝えられています。

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