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2017年10月29日 (日)

大日坂(小日向)

大日坂は小日向台地から神田川(江戸川)に下る長い坂道である。 別名八幡坂。 この坂の説明板はなんと3種類ある。 ひとつは坂の途中にある文京区教育委員会のもの、他は坂上の植え込みの中に彫像の土台に真鍮板に彫られているもので、これは文京区土木部公園緑地課のもの、最後は坂下の妙足院の入口にある文京観光協会のものだ。

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坂上の植え込みには古地図と文章が併記されている。 この古地図が実に面白い。 どちらかというと民間の地図のようで手製感があるが、当時の様子が生き生きと伝わってくる地図なのである。

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鼠坂下は岡場所でもあったが、その上流では紙漉きも盛んだったことが判ったりする。また神田上水には神田御上水と「御」の字が加えられ、幕府と庶民の関係が見え隠れする。こういう古地図はなかなかないのでとても貴重である。

古地図の横には、文京区土木部公園緑地課の説明書きがある。

「この坂は昔、坂の上にあった田村八幡宮にちなんで八幡坂と呼ばれていました。後に八幡宮が音羽町八丁目の裏通りに移転してからは、坂下の妙足院の大日堂にちなみ、大日坂と呼ばれるようになりました。

大日堂は、大日如来を祭り江戸時代から小日向の名所として知られてきました。明治時代に入ると、毎月八の日の縁日には、水道通りに沢山の露店が並び賑わっていました。また、坂下の神田川(通称江戸川)は、明治末まで土手に植えられた桜並木が有名でした。」

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坂の途中には、東京都文京区教育委員会の説明板。

「「・・・坂のなかばに大日の堂あればかくよべり」(改選江戸志)。この「大日堂」とは寛文年中(1661~73)に創建された天台宗覚王山妙足院の大日堂のことである。坂名はこのことに由来するが、別名「八幡坂」については現在小日向神社に合祀されている田中八幡神社があったことによる。この一円は寺町の感のする所である。」

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坂下の文京区役所・文京観光協会のものは、妙足院の入口脇にある。

「坂の名の由来は、坂の途中に大日堂があったことから里俗に呼ばれるようになったものであろう。堂のあるこの寺は天台宗で、覚王山妙足院と号し、開祖は浩善尼上人(紀州家の奥女)で、堂廟の創立は寛文2年(1662)といわれている。

その後 何度か火災にあったので、堂は現在に至っていないが、坂の北の方の道造りは、妙足院で施工したと伝えられている。小日向の名の由来については、古く鶴高日向という人の領地だったが 絶家した後、「古日向があと」といっていたものが、いつか「こひなた」と呼ばれるようになったのであろうと、「御府内備考」では述べている。」

それぞれに特徴があって、同じ人が書いたものではないことが推し量られる。

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