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2017年10月 1日 (日)

お茶の水坂(本郷)

お茶の水坂は神田川放水路に沿って走る外堀通りの順天堂大学から水道橋までの坂道である。 江戸時代は昌平橋の上流に橋はなく、次の端は水道橋だった。 ただし、その水道橋の東側に上水専用の神田上水懸樋があった。

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明治になってお茶の水橋が作られた。 当時の御茶ノ水駅は現在の駅の場所ではなく、お茶の水橋の西側に作られた。 しかし関東大震災で神田川放水路の土手が崩壊し、駅も橋も大きな被害を受けてしまった。 復興として聖橋が架けられ、お茶の水橋と聖橋の間に駅が移された。

上の写真の神田上水懸樋は明治34年(1901)まで、江戸東京市民の上水として活躍したが、今は石碑を残すのみである。 模型や資料は、東京都水道博物館に展示されている。

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建部坂のある元町公園辺りから水道橋までの長い下り坂。 道路が広いので傾斜をあまり感じないが、坂上の標高19mから水道橋の標高6mまで13mを下っている。

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坂の途中に説明板があり、次のように書かれていた。

「この神田川の外堀工事は元和年間(1615-1626)に行われた。それ以前に、ここにあった高林寺(現 向丘2丁目)の境内に湧水があり〝お茶の水″として将軍に献上したことから、「お茶の水」の地名がおこった。
 『御府内備考』によれば「御茶之水は聖堂の西にあり、この井名水にして御茶の水に召し上げられしと・・・・」とある。この坂は神田川(仙台堀)に沿って、お茶の水の上の坂で「お茶の水坂」という。坂の下の神田川に、かつて神田上水の大樋(水道橋)が懸けられていたが、明治34年(1901)取りはずされた。」

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