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2017年10月28日 (土)

鷺坂(小日向)

文京区小日向には素敵な坂がいくつもある。 その主役ともいえるのがこの鷺坂。 スズキのバレーノというほぼ無名の自動車のCM映像を見た時、「このCMの映像を作った人は相当な坂好きだろうな」と思った。 《スズキ バレーノ CM映像》

さて、鷺坂の入口は旧目白通り(目白坂)の音羽通りの向かい側、江戸川公園前交差点。 最初の辻を過ぎると上り坂が始まる。 手前左の石垣は見事で、まるで城郭のようだ。 坂下で交差する路地はその昔、水窪川という川の跡である。水窪川より上は関宿藩藩主久世大和守の下屋敷だったから、その時代の石垣ではないかと想像を膨らませる。

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鷺坂は逆Z型を描いて上って行く。 左に折れるところには、説明板と石標が立っている。 説明板下には文京区の都市景観賞2008のプレートがある。「鷺坂は、急な勾配と昔ながらの石積みが現存し、江戸風情を色濃く残した坂として人々に親しまれ、「坂の街・文京」の景観づくりに貢献しています」とある。

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説明板には次のように書かれている。

「この坂上の高台は、徳川幕府の老中職をつとめた旧関宿藩主・久世大和守の下屋敷のあったところである。そのため地元の人は「久世山」と呼んで今もなじんでいる。この久世山も明治大正以降住宅地となり堀口大学(詩人・仏文学者。1892~)やその父で外交官の堀口九万一も居住した。この堀口大学や、近くに住んでいた詩人の三好達治、佐藤春夫などによって山城の久世の鷺坂と結びつけた「鷺坂」という坂名が、自然な響をもって世人に受け入れられてきた。

足元の石碑は、久世山会が昭和7年7月に建てたもので、揮毫は長城堀口九万一による。一面には万葉集からの引用で、他面には今日風で「山城の久世の鷺坂神代より春は張りつつ秋は散りけり」とある。文学愛好者の発案になる「昭和の坂名」として異色な坂名といえる。」

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坂好きならずともこの景観には感動するに違いない。 江戸時代は大名屋敷の中だった場所で、明治大正期は久世山という丘陵の林、昭和になってようやく開かれた坂なのに、ここまで江戸情緒を醸し出す例は珍しい。

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スズキのCMで使われたのはこの上のZクランクである。 タクシードライバーでも往生する急角度の折り返しだが、時折上る車を見かける。 さすがに地元住民は上手い事抜ける。坂下との高低差は12mほどだが、まるで登山道のような道が台地の下と上を別世界に感じさせてくれる。

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