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2017年10月 9日 (月)

旧東富坂(本郷)

銀座線と丸の内線は浅い地下を走っている。 銀座線の開通は戦前の昭和2年だが、二番目に古い丸の内線のこの部分は昭和26年に起工し、昭和29年に開通した。 その次にできた日比谷線は昭和36年の開通だから、丸の内線は銀座線に次ぐ古い路線ということになる。

その丸の内線はあちこちで地上に現れる。茗荷谷~春日、小石川~後楽園、神田川鉄橋、四ツ谷と意外と地上を走っている。 後楽園駅を出て銀座方向に進む丸の内線はこの旧東富坂脇を走り地下に入っていく。

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この丸の内線の軌道がこの坂の傾斜を強調している。 坂の途中にある説明板には次のように書かれている。

「むかし文京区役所があるあたりの低地を二ヶ谷(にがや)といい、この谷をはさんで東西に二つの急な坂道があった。 東の坂は木が生い繁り、鳶が沢山集まってくるので、「鳶坂」といい、いつの頃からか「富坂」と呼ぶようになった。(『御府内備考』による) 富む坂、庶民の願いがうかがえる呼び名である。

また二ヶ谷を飛び越えて向き合っている坂ということから、「飛び坂」ともいわれた。  明治41年、本郷三丁目から伝通院まで開通した路面電車の通り道として、現在の東富坂(真砂坂)が開かれた。 それまでは区内通行の大切な道路の一つであった。」

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元からあった旧東富坂の傾斜では都電が登れないので、北側に新道を設けたのである。 向かいになる斜面は特に名前は残っていない。 丸の内線脇を走り、区役所前の礫川公園を横切り、今の富坂に繋がっていた。 都電を通せなかった道の脇を、地下鉄が走っているのはやはりここが交通の要所であるという事だろうか。

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