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2017年10月 2日 (月)

忠弥坂(本郷)

建部坂の坂上を西に進むと、変則交差点の先から視界が広がる。 右手には名門女子高の桜陰学園、左には都立工芸高校とその都会的なグラウンドがある。 そこから忠弥坂の下りになる。 並行するお茶の水坂とは異なるこの高低差はなかなかの風景である。 桜陰学園の西には宝生能楽堂の入ったマンションがあり、少しくねりながら下っていく。

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大正の頃までは坂の南側に金毘羅宮があったが、のちに能楽堂の北側に移った。 坂の途中桜陰学園裏手には不思議な橋の欄干がある。 いまだにこれがなぜここにあるのか謎だ。 もっとも金毘羅宮があった時代はこの坂はまだなかったようである。 歌舞伎などで取り上げられて江戸時代のものと勘違いしてしまうかもしれないが、おそらくは大正期の坂である。

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忠弥坂の説明板がこの欄干の脇に立っている。

「坂の上あたりに丸橋忠弥の槍の道場があって、忠弥が慶安事件で捕えられた場所にも近いということでこの名がつけられた。道場のあった場所については諸説がある。〝慶安事件″は、忠弥が由比正雪とともに慶安4年(1651)江戸幕府の転覆を企てて失敗におわった当時の一大事件であった。忠弥の名は浄瑠璃や歌舞伎の登場人物としても有名である。」

慶安事件は密告者が次々と出て明るみになり、由比正雪は自害、丸橋忠弥は捕まり鈴ヶ森刑場で処刑された。そのような歴史はつゆ知らず、この忠弥坂も未来明るい高校生が沢山往来する学園坂。 きっと彼らにもこの坂は忠弥坂というより、学園坂として思い出に残るにちがいない。

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