真島坂(谷中)
都道府県名を変更しようとしても、香川県はうどん県にはならない。土地の名前はそうやすやすとは変わらないものである。 しかし、美作勝山藩は江戸末期に藩名を真島藩に変えていて、その名前が土地に残っているという稀なケースである。その真島藩の藩主は三浦氏だったので、下屋敷前の坂道を三浦坂と呼んだ。
その裏手の道は三浦氏の藩名をとって真島坂と呼ばれた。 藩名を変えたのは1865年のまさに幕末であった。香川県のケースと違うのは、真島というのはもともと美作国の郡名で、三浦氏の治める勝山はその一部だったため、藩名をその地名を使って変更したということである。 愛知県を名古屋県に変えるようなものだったのだろう。
ただ真島坂はどうも江戸の坂ではなく、明治になってから開かれた坂道らしい。 真島藩屋敷のあとは明治の後半に渡辺治右衛門がそのままの敷地を買取り屋敷にしている。その時には真島坂はできている。
真島坂の途中の路地を入ったところに「ギャラリー猫町」というのがある。猫関連のアートを展示しているのだが、古い石垣と石組みの階段があり、そこに猫の像がリアルに座っている。谷中の隠れた人気スポットになっているようだ。
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