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2017年12月 8日 (金)

日無坂(目白台)

この坂はとても魅力的な坂道である。 坂上は目白通りに出る手前で富士見坂に合流する。もっとも眺め甲斐があるのが坂の上から富士見坂と日無坂を並べて見る景色。 この日無坂は文京区と豊島区の区境でもある。細い路地を隔ててお向かいさんはほかの区の人というわけだ。

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まずは坂下から歩く。入口はわかりにくい。豊川浴泉の一本西の路地を北に入るところに、「この先階段につき…」という看板が出ている。また、電柱と角の塀に「目白台一丁目13」の住所表示板があるので、そこから入っていく。細路地が緩やかに上っていく。

江戸時代はこの坂の東側は大岡家の大名屋敷。 切絵図には「ヒナシサカ」と描かれているので、江戸時代からの坂道である。

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路地はだんだん細くなり、最後は階段になる。細路地に植木鉢という江戸情緒のある風景である。人気のある坂なのに説明板がないのは区境だからだろうか。 坂道の説明版や標柱は主に区が設置している。 縦割り区割りの弊害で名坂であっても区境はお互いの領域を侵さないという忖度が働くのかもしれない。

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坂の最上部に来るとさらに狭まってくる。 しかしこれは区境の道、こんなに接近しても別の区のお向かいさんなのだ。

『新撰東京名所図会』に、「ひなし坂は当町(高田豊川町)の南西角。すなはち駒塚橋の通りより北の方雑司ヶ谷に上る坂をいふ。其の路甚だ狭隘(きょうあい)にして、小車を通ずるを得ず。僅かに一人づつの歩を容るのみ。左右樹木等にて蔽ひ居れば、日無坂の義にてかく呼ぶならむか。」とあるように、昔は暗くて鬱蒼とした細路地の階段だった。

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上の写真の左側が日無坂、右側が豊島区の富士見坂である。日無坂には東坂の別名もあって、どうも街道筋だった宿坂の東側にあるからだという説が有力。最上部の富士見坂に挟まれた細い敷地の民家の雰囲気が素晴らしい風情だが、いかんせん老朽化が激しいのでいつまでこの風景が残っているか不安である。

この坂上からの展望はまさに絵になる。新宿の高層ビル群を遠望しながら、戦災で焼ける前の日無坂の鬱蒼とした森のような景色を想像してみる。 富士見坂は昭和に入ってからの開通なので、大正期まで戻ると日無坂のみの風景になる。

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