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2018年1月 2日 (火)

道灌山坂(西日暮里)

道灌山の坂の最後はその名も道灌山坂。  実はこの坂道が荒川区と北区の区境になっている。 坂の途中にある道灌山幼稚園は坂を挟んで左右に分かれており、南側の園舎が荒川区、北側の園舎が北区になっている。

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ひぐらし坂と向陵稲荷坂は地元から荒川区への要請で1990年に坂名を公式につけたが、この道灌山坂はもっと後の2006年にやはり地元の要請で名づけられた。 坂の上下には向陵稲荷坂と同じような標識が立っているが、その文字について「高橋東吾96歳著」と記されている。

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前述の道灌山幼稚園、二つの区を跨いで渡り廊下があった。 こういう場合建物の登記はどっちの区になるのだろうかと余計な心配をしてしまう。 この幼稚園の渡り廊下をくぐると坂上になる。

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坂上はまさに道灌山。 日暮里4丁目の台地は道灌山と呼ばれている。 道灌山は太田道灌の出城があったことに由来する。 道灌山は眺望に優れ、秋田藩主佐竹氏の抱屋敷には上覧場という見晴らし台もあった。 そして江戸時代の佐竹藩はこの見晴らし台を庶民にも開放され、茶屋も設けられた。眼下には、三河島や尾久の田園風景、筑波山や日光連山、下総の国府台(千葉県市川市)などを眺望できた。

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現在でもこの眺望があるのが道灌山である。 江戸時代にはよほど庶民の人気が高かったらしく歌川広重も江戸名所図会の中で複数枚を描いている。 国会図書館資料「道灌山」

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