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2018年1月 8日 (月)

旧仙台坂(くらやみ坂)

江戸時代の仙台藩下屋敷にちなむ本来の仙台坂はこちらである。 大井町駅前からまっすぐに都道420号線を東へ進み、ゼームス坂上から300mで仙台坂上の変則交差点。 そこから第一京浜まで下る坂が旧仙台坂。 車道はトンネルで崖線を下り、歩行者(自転車)はその上の坂道を下る仕組みになっている(上りのみ車両通行可)。

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歩道の傾斜は自転車で上るにはいささか厳しい。 北側の海晏寺の墓地は階段状に崖線に張り付いていて、上の写真の右の法面上が実際の地面と考えてよい。 かつての海岸線とはいえ相当な傾斜である。 歩道の坂上と坂下に品川区の標柱が立っている。

「江戸時代に、この坂の中程から上にかけて仙台藩伊達陸奥守の下屋敷があったことから、東大井4丁目と南品川5丁目の間のこの坂は仙台坂と呼ばれていました。 しかし現在は青物横丁に抜ける坂道が拡幅され交通量が増加したために、その坂の方を一般的には仙台坂と呼ぶようになり、こちらは旧仙台坂と言われるようになりました。」

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実際は概ねこの坂下の泊船寺境内を除く、旧仙台坂の南側から立会小学校までを含むあたりが仙台藩下屋敷だった。 立会小学校の北側には大井公園があり、その辺りはここが下屋敷だったことをイメージさせる崖線の雰囲気がある。

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ちなみにこの仙台藩下屋敷は万治元年(1658)に麻布の下屋敷を返上して、新たに大井村に拝領した下屋敷だった。 元文2年(1737)に鯖江藩間部家の大崎の屋敷とここを交換し、鯖江藩の下屋敷になったが、その後一部は再び伊達家の所有に戻った。 江戸時代の大名屋敷はこういった変遷が多い。

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坂上には樹齢300年のタブノキの巨樹がある。 伊達家の庭にあったものが、300年の時を経てここまで大きくなった。 幹回り4.6m、樹高20mの巨木で品川区の天然記念物に指定されている。

仙台藩の屋敷跡はこの車道トンネルを掘る際に発掘調査がなされた。 伊達家の主君で最もここに長く暮らしたのは三代目の伊達綱宗で、彼は1660年に不行跡(いわゆるバカ息子みたいなものでしょう)で幕府に隠居を命じられ、1711年に没するまで50年以上をここで過ごした。 彼の没後は味噌の醸造所としての役割が増え、味噌蔵中心となったようだ。

また、この屋敷跡には縄文時代の遺跡も出土しており、縄文海進時代にはここが海岸線で、自然豊かな土地で人間が何千年も暮らしてきたことに歴史の深さを感じる。

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