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2018年1月25日 (木)

三折坂(目黒)

目黒不動の入口になっている仁王門。 その手前西側に池があり、滝見茶屋と豊川稲荷、恵比寿様がある。 元は羅漢寺川の水でできた池かと思われる。 その先がバス停で、目黒不動を訪れるとよくもまあこんな路地をバスが走るものだと感心する。

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その西門(江戸時代の絵図では裏門とある)を出て境内に繋がる崖線に向かって上っていく坂が三折坂である。 坂下の標柱には、「三つに折れ曲がった形状から三折坂と呼ばれるようになった。また、目黒不動への参詣者が、この坂を降りていくので、「御降坂(みおりざか)」とよんだとも言われる。」と書かれている。

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昔は坂上は土山という竹藪や林で、斜面の下は谷戸と呼ばれる谷筋であったので、タケノコや栗が採れたという。 当時の目黒不動では名物として、春はタケノコ飯、秋は栗ご飯が売られていた。 

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江戸名所図会にも三折坂は描かれているが、裏参道だけにかなり広い道であったようだ。 ただし曲がり方は現在と同じと思われる。 坂上の公園前の路地を東に進むと甘藷先生(青木昆陽)の墓がある。江戸時代中期の儒学者、蘭学者だが、享保の飢饉の折に、薩摩から種芋を取り寄せて各地に配布し、栽培方法を教えて、関東一帯にサツマイモの栽培を広めた。 それが江戸時代の飢饉対策になり、庶民からは甘藷先生と呼ばれたという。 この辺りには無名の好坂があるが別の機会に紹介したい。

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