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2018年2月10日 (土)

おいはぎ坂(馬込)

第二京浜のオートバックス裏から南に延びるやや広めの道は内川の流れの上に出来た道。南馬込4丁目の出世稲荷下で東に向かって川の流れは変化し、大森町方向へ流れていた。この出世稲荷は、正しくは北向稲荷神社らしい。 この地域の旧家森氏の守護神がのちに馬込村上臺の鎮守となったと伝えられる。

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北向稲荷の鳥居の前をくねりながら上っていくのがおいはぎ坂である。 名前の由来は、かつて通行人がたびたびおいはぎの被害にあったことから生まれたといわれる。また、この坂は牛洗戸坂とも呼ばれた(由来は不明)。

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坂の南側は北向稲荷神社と万福寺の墓地が広がっているが、北側は住宅が並んでいる。 大正期はこの北側は樹木が生い茂っており、暗い坂だったようだ。 今でもこの坂の雰囲気はやや狭めの道、曲がりくねり方、急坂と三拍子そろっており、昔からの坂を強く感じる。 それも江戸市中の感じではなく、里山近くの鎮守のそばの坂という感じである。

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標柱も何もないが、坂下の通りにある「馬込文士村の案内地図」においはぎ坂と記されている。 明治初期の地図を見るとおいはぎ坂はすでに描かれている。 書物によっては北向台上稲荷とあるが、昔の小字地名を見ると、根古屋の南には上臺(うえだい)となっているので、稲荷神社の名前は北向上臺稲荷神社ではないかと思う。 坂下の内川沿いの湿地帯は将監谷と呼ばれていた。

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