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2018年2月 4日 (日)

八景坂(大森)

大森駅西口(山王口)は池上通りに出る。 池上通りは海岸沿いの東海道が整備される以前は鎌倉街道で、品川~池上~鎌倉と続く古道で「古東海道」とも言われる。  以前区役所のあった中央は昔は新井宿と呼ばれる宿場で、大森駅周辺は入新井という地名であった。  入新井の大森駅周辺は最初の鉄道が通った時に停車場が出来、八景園が成功をおさめ賑わった。 その大森駅から新井宿方面へ下る池上通りが八景坂である。

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現在の大森駅東口よりも山王口は7mほど高くなっている。また八景園のあった台地はさらに14m高くなっている。 ここは大昔の海食崖、駅前の天祖神社の階段の急峻さは海食崖である所以である。 神社の下に八景園の説明板がある。

「今でこそゆるやかな坂道であるが、昔は相当な急坂で、あたかも薬草などを刻む薬研の溝のようだったところから、別名薬研坂とも呼ばれた。

この坂の上からは、かつて大森の海岸より遠く房総まで一望でき、この風景を愛した人たちにより、「笠島夜雨、鮫洲晴嵐、大森暮雪、羽田帰帆、六郷夕照、大井落雁、袖浦秋月、池上晩鐘」という八景が選ばれ、八景坂というようになったといわれる。

かつて坂上には、源義家が鎧をかけたと伝えられる松があり、広重らの浮世絵に描かれ、有名であった。」

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源義家の松は明治時代に枯死したが、今も昔もここは台地の縁で魅力的な場所である。元の八景坂は天祖神社の脇を上る道だったといわれるが、明治期の地図ではここより鹿島神宮側に八景坂の記載がある。 地形図から推定すると現在の池上通りとそれほどズレてはいないと思われる。

八景坂がいつごろからの名前なのかが明確でないので諸説ある。 縄文時代にまでさかのぼって考えれば、20m以上の海食崖を下る道はあちこちに付いていたであろうし、時代とともにそのうちの一つか二つが街道になっていったということだろう。 ビルの林立で表面的には地形がわからなくなっているが、底地形を見つめると諸説あって問題なしという気がする。

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