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2018年3月11日 (日)

とうかん坂(瀬田)

谷戸川は祖師ヶ谷大蔵を源流に、砧公園の真ん中を流れ、静嘉堂文庫の脇で丸子川に合流する支流。 周辺は縄文、弥生、古墳時代の遺跡も出土し、何千年もの間人間の営みの続いた地域である。 小坂緑地は谷戸川と丸子川の出合近く、瀬田の西の端、岡本との境界にある。

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とうかん坂は静嘉堂文庫の入口前にある旧小坂家住宅の緑地の南側の階段坂。 ちょっと見には公園の中の遊歩道っぽいが、実は江戸時代からある崖線の上下を結ぶ道のひとつ。 20mの高低差を一気に登る階段はなかなかきつい。

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小坂家住宅のある場所は「瀬田四丁目旧小坂緑地」という公園になっており9:30~16:30のみ開いている。 月曜日は閉園。 小坂家には画家横山大観が昭和20年に空襲を避けて上野池之端からここの茶室に移り住んだという。 なんと引っ越した翌日に池之端の本宅は空襲で焼けてしまったという。 もっとも暮らしたのは3か月ほどだったようだが。

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緑地には古い庚申塔もある。 丸子川の南の現在マンションが立ち並ぶ辺りに、骨董商が築いた幽葟堂庭園内にあったものをここに移した。 二基の庚申塔の時代は、大きい笠付きが宝永5年(1708)と小さく摩耗が進んだのが元禄2年(1689)と古い。 園内には湧水もあり、夏場は蚊に悩まされるが、他の季節はなかなか良い散策ができる。

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坂の上、崖線上の地域は昔「下山」といった。 下山遺跡をはじめたくさんの遺跡がこの崖線上にはある。とうかん坂の上は玉川病院の敷地にあたるが、この南側の斜面には横穴墓群が複数、坂上周辺にも古墳が複数出土していて、旧石器時代から奈良平安時代まで様々な時代の営みが残っている。

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とうかん坂上には小さな稲荷の祠がある。 下山稲荷神社とある。 小坂家住宅の屋敷神だったのだろう。 屋敷神の稲荷としては相当立派である。 かつては「八幡稲荷八万」と言われ、稲荷神社と八幡神社はそれぞれ4万ずつあると言われていた。 実際には稲荷が32,000柱、八幡が14,000柱らしい。 ただ、屋敷神としての稲荷はどこまでカウントされているのか分からない。 (おそらくノーカウントだろうと思う)

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