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2018年3月23日 (金)

病院坂(成城)

横溝正史原作『病院坂の首縊りの家』という映画がある。 市川崑監督、石坂浩二主演の東宝映画で1979年の作品。 ストーリー上の病院のモデルは港区高輪の魚籃坂にあった病院である。 しかし魚籃寺に由来する魚籃坂という坂名の方が知られているので、病院坂とは呼ばれず、そのうち病院もなくなったので忘れられてしまった。

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成城の病院坂は地元では「病院坂」と呼んでいる。 ただし由来を知る人は少ない。 この坂の西側の崖線は江戸時代は幕府の御料地だった。 そのまま明治以降は宮内庁の直轄地で、自然を守るべく林野庁の施設もでき、農水省の土地として近年まで崖線の環境保持を続けてきた。 最近では住民が中心となって手入れをしている。

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実はこの林野庁の施設以前に、明治末期から昭和の初期まで、この坂の切通しの上に伝染病の隔離施設があった。 当時は結核などの場合は隔離する対応が多かった。そんな時代背景から病院があることが住民には印象が強かったのだろう。 それがこの坂を病院坂と呼ぶようになった由来である。

しかし別説があり、昭和中期御料林だったころ、当時の皇太子(今の天皇陛下)がこの切通しの上に樹木の苗木を植えたので「苗園坂」と呼ばれたのがのちに「病院坂」になったという。 もっともこちらは諸説のひとつにすぎないので、前説がおそらくは正しいと思う。

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現在の崖線は豊かな自然に恵まれ、坂下の世田谷通りから多摩堤通りを進むと、次太夫堀公園民家園もある。 六郷用水を開発した、その小泉次太夫の旧家ではないが、江戸時代の名主の屋敷を復元し楽しませてくれる。

坂下の交差点には歩道橋があったが、2013年頃に撤去され、横断歩道になった。 歩道橋は老人と子供にやさしくない。 できればスクランブル交差点にして、斜め横断が出来ればもっといいと思う。

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