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2018年3月29日 (木)

不動坂(成城)

成城学園前の高級住宅街が立ち並ぶ崖線上から野川に下る坂道。 くねくねと曲がり、坂として魅力的な景色である。 坂上の通りは、なかんだの坂上から不動橋の通りで小田急線の線路を越えて来た道。 不動坂は切通しで下るので、崖線の赤茶色の関東ローム層が見える。

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不動坂の坂名は坂下の不動堂に因む。 不動堂は新しい仏堂だが、この坂周辺には縄文時代後期の不動堂遺跡があり、何千年もの間ここで人間が営みを続けた豊かな環境の場所。 江戸時代には次太夫堀が開削され、この辺りはその分流で豊かな田んぼが広がっていた。 当時の用水路の土手盛にカワウソが穴をあけて困ったという記録も残され、現在は絶滅種であるニホンカワウソが人々と共に生きていたことに感心する。

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坂下の古い地名は上野田、その西側、現在の小田急の車両基地(屋上部は喜多見ふれあい公園)あたりは野屋敷と呼ばれた。野屋敷というのは、徳川綱吉時代に江戸市中の野犬が保護された時代、喜多見重政がここに広大な犬小屋を設け、その小屋と番屋敷があったためにつけられた地名である。 犬屋敷は中野駅周辺が有名だが、世田谷のこの地区にも同様な施設があったのである。

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坂下の喜多見不動堂は喜多見慶元寺の境外仏堂で、不動明王を祀っている。創建は明治9年で地元の有志の寄進で建立された。境内には国分寺崖線の湧水による滝があり滝不動が祭られ、かつては信者が水行をした。不動堂以外にも岩屋不動、玉姫稲荷、蚕蔭大神を祀った祠がある。

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この不動坂は今でも世田谷通りの渋滞時のう回路としてタクシーなどがよく通るが、昔から祖師谷大蔵方面への主なルートでもあった。 またこの境内の一部からは網沿いに小田急線が間近に見られるが、まだ撮り鉄にはあまり知られていないようである。

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不動堂の北側の崖線沿いには成城みつ池緑地があり、道路に溢れるほどの湧水が湧いている。成城の国分寺崖線でここだけが100mほどスリバチ地形になっていて、湧水層が出ているが、その周辺の植生が守られているので、道路に溢れるほどの水が見られるのである。緑地内には3つの池があり、都内では珍しいゲンジボタルも自生している。

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