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2018年4月13日 (金)

馬場坂(北沢)

茶沢通り(通称)は三軒茶屋から下北沢を経て東北沢に至る通り名である。小田急が地上を走っていた時代には下北沢のすずなり劇場近くの踏切でいつも渋滞していた。 もっとも古道は北沢タウンホールのあるバス通りではなく、一本線路側のあずま通り商店街の筋。

現在の茶沢通りはかつて流れていた森厳寺川沿いに戦後通された道路で、ザ・スズナリの先からは折れ曲がって北上する。 間もなく傘履物村田屋と地蔵堂に突き当りクランクになるが、この地蔵堂の庚申塔は1677年と1692年のもの。 その先再び北に向かうと道は東に折れ曲がり、森厳寺川の暗渠を横切る。

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この暗渠を過ぎたところから馬場坂の上りになる。 坂の高低差は8mほどで現在はそれほどの坂には見えないが、昔は農家の人々が作物を荷車に載せて上るのに相当苦労したと伝えられる。坂の北側、井の頭通りの大山交差点近くに北沢小学校がある。 ここは江戸時代、馬場だったところで、それが馬場坂の由来であろう。

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坂の途中の辻に長命地蔵尊のお堂がある。 この付近の茶沢通り筋には200mおきに地蔵堂があって、古道であることを現在に残してくれている。ただこの長命地蔵尊は昔からの野地蔵を地元の人々が大正5年にここに祀ったもので、それ以前の場所は不明である。この地蔵の辻を北に入った辺りに、水車があったという。 川のない場所だが、坂上の丁字路になっているところには三田用水が流れていた。 佐伯医院がまだ角にあるが、そこが三田用水を渡る御馬橋で、その近くから坂下の森厳寺川へ水を流しており、その途中に水車があったようだ。

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坂上の通りは井の頭通りの大山交差点から山手通りの東大裏に抜ける道で、この道はかつての三田用水である。三田用水は笹塚で玉川上水から取水し、渋谷、目黒、五反田、大崎あたりまでを潤していた。 江戸時代は農業用水主体だったが、明治以降は工業用水としても使われ、エビスビールもこの用水の恩恵を受けた企業だった。

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