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2018年4月15日 (日)

満願寺坂(等々力)

満願寺坂は目黒通りの等々力跨線橋から駒沢公園通りとの交差点までの坂道。 坂下は東急大井町線等々力駅、坂上は玉川神社前になる。 等々力の地名の由来は、深沢城址の別名「兎々呂城」という説が有力だが、等々力渓谷の不動の滝の轟く音に由来するなどいくつかの諸説がある。 1551年に北条氏の配下の吉良氏の家臣南条右京亮が深沢城を築いたが、北条氏が豊臣に滅ぼされてからは南条氏はこの地に土着して開発をした。

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坂の途中に満願寺がある。 吉良家によって1470年に創建された古い寺で、もとは深沢坂にあったが、火事によって焼失し1564年頃この地に移転してきた。 その北側に隣接するのは玉川神社で、1501~4年頃やはり吉良氏によって熊野神社として創建された。 その後いくつかの神社を合祀して、明治末期に玉川神社となった。

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この満願寺辺りにはかつて4カ所の湧水があり、ここから等々力駅近くの谷沢川(等々力渓谷)に逆川という小さな流れがあった。 渓谷に架かるゴルフ橋前のポストのところに暗渠として残っている。 ここはもともと用賀から九品仏川として東に流れ呑川に注いでいたのだが、地学的には等々力渓谷の元の小さな沢が谷頭侵食して河川争奪し流れを変えた珍しい例である。

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等々力の本来の地形は、北の方が台地で樹林や畑、中程は底なし田んぼと言われるコメは作れるが軟弱な土壌、そして満願寺坂から下の地域は崖線の森というものであった。 多摩川の国分寺崖線の坂ではないので傾斜は緩やかだが、この傾斜も呑川が長い時間をかけて形成したものである。

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