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2018年4月 7日 (土)

凧坂(松原)

甲州街道から現在の豪徳寺を経て代官屋敷のあった上町への南北の古道にある坂道。 凧坂の南で半田坂が若干東寄りに分岐している。 凧坂が甲州街道に出合うのは首都高速永福料金所の辺り。 一方の半田坂は明治大学近く、凧坂よりも300mほど東で甲州街道に出合う。

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上の写真の左側が凧坂、右側が半田坂である。 凧坂の方が傾斜はきつい。 坂名の由来は「たこう坂」の当て字で、傾斜が急な坂の意味があるという。 二又の頂点に小さな馬頭観音がある。馬頭観音は本来人を救う観音様なのだが、いつしか馬を救う観音様にされてしまった。 こういう分岐点に見かける民間信仰の形である。

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ただ江戸時代の絵図にはこの馬頭観音の場所に「死馬捨場」と書かれている。 なんだか哀れな気持ちになる。 伝承では、ここの馬頭観音は人の足となっていた大切な馬が死んだときにその霊を祀る供養塔と伝わっている。

坂下を南に進むと北沢川の暗渠を渡るところがある。 そこには大正時代まで水車があった。 そのあたりの旧地名を前田というが、現在は豪徳寺1丁目である。 つまり凧坂、半田坂は北沢川の削った谷の坂である。

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現在は何の変哲もない住宅街になっている。 そのまま甲州街道方面へ北上すると、京王線を横切る手前に菅原神社がある。「松原の菅原神社」と呼ばれ、江戸時代に石井兵助という人が寺子屋を開き、学問の神様である菅原道真公を祀ったのが始まりらしい。 天満宮を名乗らないのが奥ゆかしい。 学業祈願の絵馬札がこじんまりとぶら下がっている。 寛文5年(1665)の創建というが、最初は松原の天満宮と呼ばれていたようだ。 朱塗りのきれいな社殿で、地元の人々の思い入れが感じられる。 凧坂から甲州街道までのこの通りは地元では「菅原天神通り」と呼ばれた。

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