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2018年4月21日 (土)

伊達坂(恵比寿)

恵比寿駅東口のエリアは駒沢通り、渋谷川、高速目黒線に囲まれた地域を恵比寿1丁目~4丁目としているが、昔は1丁目が山下町および新橋、2丁目が豊澤町、3丁目が伊達町、4丁目が景丘町だった。 渋谷区と目黒区の区境がガーデンプレイスの真ん中あたりを東西に走っており、北半分が渋谷区恵比寿、南半分が目黒区三田となる。

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その区境の由来は江戸時代に遡り、渋谷区側は南豊島郡渋谷村、目黒区側は荏原郡三田村だったことに起因する。 この辺りは江戸の外れも外れ、郊外の農村だった。 渋谷川が削った谷と目黒川が削った谷の間の台地が恵比寿であり、伊達坂は渋谷川側の崖線を上る坂道になる。

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坂は路地奥にひっそりとあるので探すのはなかなか大変だろう。 とはいえこの坂の坂下に知人の家があるので、私はこの辺りの地形は割と知っている方である。  影丘町と伊達町は崖線の町なのである。 坂の入口からしばらく行くと急に勾配が増す。

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途中クランクになっている辺りに擁壁上に築かれた橋の古い手すりが残っている。 昭和の中期にタイムスリップしたような街角の風景である。坂は70mほどで勾配は11%だが、途中の急な部分は20%近くある。 再開発の話が昔から聞かれているので、そのうち消滅してしまう可能性もある。

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坂名の由来は伊達町だが、伊達町の町名の由来は、この坂上にあった伊予宇和島藩伊達家の下屋敷(享保3年:1718年~)がもとになっている。 それ以前は長州毛利家の屋敷だったが毛利の名は残っていない。 明治中期になり、坂上一帯を伊達跡、伊達前と呼ばれたのが昭和になって伊達町となった。

なお恵比寿駅から延びるバス通りのバス停に「恵比寿二丁目(伊達坂上)」とあるが、これは間違いである。 広い意味では昔の伊達町の標高の高いエリアにあるので言えなくもないが、バス停の場所は厳密には坂下である。

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