代官坂(代官山)
代官山のメインストリートである八幡通りと駅のある谷の間の代官山の路地の坂道で、坂の下半分は真ん中部分が50段ほどの階段になった作りをしている。 古くからの坂名ではなく、昭和初期から近隣の人々がそう呼び始めた。 坂の高低差は10mほどある。
新撰東京名所図会にある代官山の解説は、「代官山とは渋谷川並木橋より鉄道踏切を越えて、南の高地をいふ。彼の岩谷松平の赤門赤屋は此に至る入口に在りて、天狗山と自書しあるはおかし。もとは全く山林地なりしが、今は新築の人家在り。 幕府時代は代官所の所轄林たいしより此名あるにや。之を南進すれば其の右は小名猿楽なり。」とある。新撰東京名所図会は明治の中期から末期のものである。その頃はまだこの道は谷の田んぼへ降りるための農道程度だった。
したがってこの坂道も比較的新しい坂なのだが、風景がいい。地形に対して素直なつくりをしている。 関東大震災以降、山林だった代官山にも多くの人々が移り住み始めた。 この階段付きの坂道は、その頃の代官山のイメージを想起させてくれる。
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