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2018年6月 9日 (土)

東坂(中野区南台)

神田川を挟んで両側に広がる農村が昔の雑色村である。 川の西側には駒ヶ坂、東側にはこの東坂がある。 徳川家康が江戸入城する時代にはすでにここには雑色村があった。川の流域で相対的に低地なので、かつて田んぼだったところには営団地下鉄の車庫、丸の内線の車両を地上に並べている。

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地下鉄車庫の南側が方南通り、そのさらに南側が台地になっている。 その台地はさらに南に進むと低くなり、神田川の流域の田んぼ地帯だったエリアになるが、昭和の中期までこの低地帯の地名が雑色として残されていた。 その低地帯から台地に上る南側斜面の坂が東坂である。

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坂名の由来は多田神社の東側を上る坂なので東坂というシンプルなもの。 多田神社は雑色村の鎮守で、源頼家が大宮八幡宮に参詣した折に、先祖の多田満仲を奉祀したのがこの多田神社の始まりと伝えられる。 神社の創建は寛治6年(1092)、平安時代末期である。

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坂の傾斜は比較的緩やかだが、古道であるだけに良いカーブを描いている。 兵庫県の川西市多田にも多田神社がある。どちらも清和源氏の流れである。神社の裏参道が坂上に付いている。

坂下は昔は水田地帯で湿地帯が広がっていて、田舟(農作業を行うために乗る小舟)を使って米を育てていたという。 そういう場所で開発が昭和の中頃に入ってからだったので、比較的大きな土地が開いていたため、現在は学校や大型の商業施設になっている。

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