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2018年6月 1日 (金)

六号坂(幡ヶ谷)

現在の新宿新都心の高層ビル群は昭和中期まで淀橋浄水場だった。 明大前にある和泉浄水場とこの淀橋浄水場を直線で結ぶ水道があり、玉川上水新水路という名で明治時代に作られた。 明治になって玉川上水を管理する役人が廃止され、汚水や動物の死骸が流れたり、勝手に舟を通行させたりと野放し状態になり、水質が極度に汚染された。 明治19年にはコレラも流行し、治水の改善を明治政府は迫られる事態になり、 それを解決したのが、浄水場と新水路であった。

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水道道路側には街灯が立ち、六号坂通りというハチマキ看板が付いている。 玉川上水の新水路なので付近では尾根筋にあたる部分を通っているため、ここが坂上になる。六号坂は笹塚の十号坂と並んで、戦後商店が立ち並んだ賑やかな通りとなった。

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商店街を入り少し歩くと途中から明らかな下り坂となる。 六号坂というのは、坂上の上水にかかっていた六号橋が由来。 淀橋浄水場から一号橋、二号橋、と架かっていて、ここが6番目の橋だった。大正初期の地図を見て、角筈の橋から数えると見事に6番目がここになるのは当然だ。

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坂下で商店街を出て少し進むと新道橋跡がある。 西側は幡ヶ谷新道公園になっている。 ここは神田川笹塚支流(和泉川)の跡で暗渠になっている。 この川が台地を削ってできた坂が六号坂であり、十号坂である。 暗渠については別の機会にしたいが、この和泉川の暗渠は歩いて楽しい暗渠としておすすめ。

ただ商店街はまだ元気だとは言うものの、昭和の賑わいはなく、徐々にシャッターを閉じた店舗が出てきているのが残念である。 東京というバケモノが過去の遺産を食い尽くして廃墟にしてしまう、街を観察しているとそんな気がするときが増えてきたように思う。

かつてのこういった商店街は数十年の命、しかしその商店街に致命傷を負わせたスーパーやショッピングセンターはその半分の寿命、さらに建築のための街づくりをする都心ももはや日本人だけでは投資回収が困難になり、インバウンド頼りになりつつある。都心の巨大開発はもっと短い命だろう。 経済がロービームで足元だけを照らすのも、政治もロービームだからである。その先にあるものを見ることが出来ないトップだらけになりつつあるこの国には、大きな不安が付きまとっている。

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