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2018年6月 7日 (木)

地蔵坂(杉並区堀の内)

大聖寺坂を下って本村橋で善福寺川を渡り、くねった道を少し上ると堀の内熊野神社がある。 西側の日本済美学校の跡地で区の済美教育センターの敷地は向山遺跡。 古墳時代の集落跡の遺跡で、昭和62年という比較的新しい時代に発見されたもの。 古墳時代の住居跡の他、縄文時代の土器、平安時代の住居跡、江戸時代のゴミ捨て場など、各時代の発掘物が出た複合遺跡で、何千年もここで人の営みがあったことが分かる。

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本村橋の場所には昭和初期まで水車があり、その上流には今井さん堰という水車の水を取るための席があった。今井さんというのは済美学校の創設者である。

熊野神社の手前を右に入り、参道の鳥居を横目に進んだ先の辻を左に曲がって上るのが地蔵坂である。この坂の西側には昔、旧和田堀内村の役場があった。 先述の本村橋の名でもわかるように、熊野神社の周辺は和田堀内村の中心部で堀の内本村という地名だった。

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その役場跡の正面に大きな地蔵堂があり、これが坂名の由来となって地蔵坂と呼ばれる。この坂では塞ノ神祭りが行われてきた。 塞ノ神祭りというのは日本の民俗伝承的な祭りでどんど焼などで現在も各地に残るもので、正月に祭った飾りを集めて焼く行事である。東日本では道祖神などと結びついたりすることが多く、村境や辻などで祭られ、道から悪いものが入ってくるのを防ぐ意味合いを持っている。

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そのような場所にこの立派な地蔵堂があり、9基の石仏石碑があるのは極めて意味の深いもので、何百年もの伝承が残っているといっても良いかもしれない。 9基の時代はまちまちだが、不詳のものを除くと、1700年頃から明治時代までのものが並んでいる。

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