飛鳥大坂(北区王子)
都電荒川線の飛鳥山駅から王子駅前駅の区間、都電が明治通りの真ん中を車と並走するのが飛鳥大坂である。 都内では少なくなった路面電車区間は独特の風情がある。 大通りながら10mの標高差をカーブで下る景色は圧巻である。 別名は飛鳥坂、飛鳥山大坂。
坂上の飛鳥山脇に御影石の標柱がある。 「いまはきわめてゆるやかな勾配だが、「東京府村誌」には「飛鳥山坂、本村(滝野川村)にあり飛鳥橋の方に下る長さ一町十二間三尺、広さ三間、坂勢急なり」と記されているように都内でも有数な難所であり、荷車の後押しで手間賃をかせぐ人もいた。昔は将軍家の、日光御社参の行列もここを通った。」と彫られている。
飛鳥山は徳川吉宗が王子権現に社領を寄進して桜を植えさせ、江戸の街のリゾートに仕立てた場所である。 江戸時代にはここから筑波山を眺めたという。
40年くらい前、下北沢に住んでいた。そこから東北方面へ車で行くときはなぜかここをよく通った。首都高速が浦和までなかった時代で、ここから赤羽岩淵、川口と走った記憶がある。その当時から景色があまり変わっていない坂である。 都電のイメージに及ぼす役割はとてもインパクトのあるものだ。
江戸時代の地図ではここは日光御成道になっていて、王子村と滝野川村の村境だった。 六石坂から飛鳥大坂の間には「此辺茶屋多シ」とある。当時は水茶屋といって、近代の喫茶店の様なものだった。
大正時代には都電が開通している。 都電のレールのあるこの坂をJRのガード越しに見る風景が私は好きである。
写真: 2016/5/21
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