道音坂(北区西ヶ原)
最寄り駅は都電荒川線の西ヶ原四丁目駅。 西ヶ原四丁目にあるこの道音坂(どういんざか)は現在は路地の様な道だが、江戸時代から続く道で、日光御成道と中山道を結んでいた鎌倉街道のひとつである。
江戸時代坂下には王子の音無川に注ぐ支流の沢が流れており、その谷から台地に上る坂道。 谷田川の流れに近いが、地形図を見ると飛鳥山西脇の方が標高が低い。 この谷は「逆川」の痕跡。
大昔の石神井川は王子の手前で南流し谷田川筋を流れて不忍池辺りで海に注いだ。 王子駅周辺の地形については、古石神井川が海岸線の段丘を突き抜けて東に注いだという河川争奪説と、人工開削説があるが、私は前者を支持したい。 この逆川が後に時間をかけてできたとすると、人口開削は中世以前になり、それだけの大規模な土木事業はまだできなかったという考察をしている。
道音坂途中の分岐の道もまた江戸時代からの古道である。 坂を上らずに左に進むと江戸時代の道は下瀬坂に繋がっている。旧東京外語大のキャンパスの中を通っていた古道だ。
道音坂は、西ヶ原4-29-1地先から滝野川1-32-6地先まで続く坂道で、旧西ヶ原、滝野川の村境に沿った坂道でした。明治時代の「東京府村誌」に「坂名ハ道音塚アルニ由ル」とあり、江戸時代の地誌には西ヶ原村内「滝野川地ニアリ」と塚について記されています。道は浅草道と呼ばれ、本郷と上野の二つの台地を結ぶ道で、中世は鎌倉街道だったと伝えられる古道です。
と書かれている。
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