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2018年7月31日 (火)

権現坂(北区王子本町)

王子駅前にそびえる北区のビル「北とぴあ」の前の道、JRのガードをくぐると上り坂が始まる。 権現坂は上りきる手前で左に折れる。 まっすぐの道も左へ折れて王子神社の鳥居に向かう道も江戸時代からある古い道で、権現坂の由来は王子神社がかつて王子権現と呼ばれていたことに帰する。

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江戸時代にはこの坂下に十条方面から流れ名主の滝を合わせた川が流れており、三本杉橋が架かっていた。 江戸の切絵図はこの坂道は階段道として描かれている。  駅からくる道が権現坂の坂下に出るところに古い石柱がある。 かつての三本杉橋の親柱である。 こういうものが残されているのは極めてうれしいこと。

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坂の途中に標柱がある。

「権現坂とは、この坂を下った交差点から王子神社の鳥居付近まで登っていく坂道をいいます。権現という坂の名称は、王子権現社の権現から採った名前ですが、これは、神仏分離以前の王子神社が王子権現と呼ばれていた点に由来しています。坂の下の交差点付近は江戸幕府の将軍が日光東照宮に参拝するための日光御成道の路上にあたり、ここは、三本杉橋という橋も架かっていました。三本杉橋は橋の袂(たもと)に三本の杉があったのでつけられた名称といわれています。」

坂の途中、カーブが始まるところで交差する道の王子神社側が権現坂の続きである。

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王子神社の創建は1322年。 豊島郡を支配していた豊島氏が、石神井川の高台に紀州和歌山県から勧請した王子大神を祀る熊野神社を建てた。 豊島氏から北条氏に代わってからも寄進を受け、江戸時代には徳川家との関係も深くなった。

8代将軍吉宗は紀州の出身(紀州徳川家)だったため、この王子神社をたいそう盛り上げ、飛鳥山を江戸町民の憩いの場所にするなど、特に深い思い入れをした。

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境内には大きな銀杏の木がある。「王子神社のイチョウ」として都の天然記念物に指定されている。幹回り5.2m、樹高24.2mあり、推定600年の樹齢と言われている。 この巨木は音無川親水公園の上にそびえるように立っていて、震災や戦災を越えて生き続けている迫力を感じさせる。

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