稲付城址坂(北区赤羽西)
赤羽駅西口にある稲付城は太田道灌が築城した戦国時代の砦である。 天守閣などはなかった。 この辺りは鎌倉時代から岩渕宿が発達し、室町時代には関所も設けられる街道の要所になっていた。 稲付城は三方を丘陵の崖に囲まれた土地で、江戸城と岩槻城の間の砦という位置づけだった。
現在城址には静勝寺がある。開山は1504年、太田道灌の時代に始まり、江戸時代を通じて太田氏の菩提寺だった。 赤羽駅の喧騒も届かない丘陵の林の中にある静かな寺院である。この丘の別名を道灌山と呼ぶが、それは太田道灌に因むものだと言われている。
この静勝寺の参道の階段が稲付城址坂である。 右左にそれぞれ女坂と呼んでも良いような道が付いている。 なかなか傾斜のきつい階段の坂で、それぞれの段石には鑿(のみ)の跡もくっきりと残っていて、素晴らしい。 両側に手すりが付いているが、あるとないとでは安心感が全く違うだろう。
階段を上りきると山門があり、手前の地蔵の土台に「稲付村」と彫られている。 城址は一帯が遺跡だが、古墳時代のものも出土している。 また周辺の発掘では幅12m深さ6mもの空堀も見つかっており、戦国時代の砦を彷彿とさせる。
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